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数学1

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1: Thu Jun 24 16:37:13 2010
神田の三省堂で買ってきた教科書。
第1章、方程式と不等式。
「紀元前1700年頃の古代バビロニア人は、一般の二次方程式の解放をすでに知っていたらしい・・・しかし、彼らの解法はすべて式ではなく『ことば』で書かれていたため、非常にわかりにくいものであった」

・・・読んでみたい!

そう、こんなところまで読みます。
2: Thu Jun 24 16:38:57 2010
すごいなデカルト。世界史と数学の両方の教科書に載ってるぞ・・・。
3: Thu Jun 24 17:07:18 2010
ぱっと見た感じ、楽勝そうで中学で習ったんじゃないかと思うような内容だ。
それは高校時代にも感じたことで、それがいつの間にか理解不能となって付いていけなくなったのだ。
じっくり行く。

さて、項、次数、係数などのなつかしい言葉が出てくるが、みな実感のない言葉なので、
英語を調べてみた。

項:term, 単項式:monomial, 多項式:polynomial
次数:degree, 係数:coefficient

この辺はまあいい。

問題は次だ。
「降べきの順」「昇べきの順」(こうべき、しょうべき)

「べき」は漢字で書くと冪で、累乗のことを言うようだ。
漢字が常用じゃないかなんだか知らないが、べきとか言われても困る。

英語で「xについて降べきの順に並びかえる」というのは、
arrange in order of descending powers of x
と言うそうだ。

昇べきは ascending

英語で勉強したほうが早いんじゃないか・・・?



4: Thu Jun 24 17:12:01 2010
まとめるは combine, 整理するは arrange, AをBに代入するは substitute A for B
5: Thu Jun 24 17:12:52 2010
数学ではwikipediaなんか使わずにひたすら計算していけばいいかと思っていたが、
世界史以上に調べまくっている。これはまったく予想していなかったことだが、
早くも収穫だ。
6: Thu Jun 24 17:17:30 2010
累乗については、2乗、3乗は特別で、
x squared
x cubed

といい、それ以上は

x to the fourth power

というように、[n]th power
となるそうだ。

しかし、累乗を power というのも、おもしろいね。
7: Thu Jun 24 19:59:05 2010
約3時間で第一章第一節を終えた。

世界史でボールペンで書きまくって腱鞘炎寸前なので、すこしでも負担を軽くしようと、
2Bのエンピツにした。これがなかなか奏功している。

そういえば俺は中学のときシャープペンシル全盛なのにかたくなにエンピツを使っていたことを思い出した。
それも三菱の茶色のuniとかいう、ちょっと高めのエンピツである。

数1は、1章が3節、2章が2節、3章が3節と、全部で8節あるので、
1日3時間でも8日で終わる計算になる。

8: Thu Jun 24 20:16:29 2010
数学は、公式や法則のみをノートにとる。
練習問題は何かのときに、と取っておいたチラシのうらに書き散らす。
ノートは定番のコクヨのキャンパスではなく、無名メーカーのものにする。

世界史のときもノートに書いたがほとんど読み返すことは無い。
あくまでも熟読するための手段であるから、あまりノートの見栄えや質にはこだわらない。
安いものを使っていく。
9: Thu Jun 24 20:54:36 2010
「正方形の対角線の長さと辺の比は整数比であらわせない、つまり無理数である」
この事実はピタゴラス派の人たちは「驚き」、その事実を「秘密にした」そうです。
その事実が私には驚きです。しかし秘密にはしません。
10: Thu Jun 24 20:59:36 2010
絶対値の性質として、「 a≧0のとき |a|=a, a<0のとき |a|=-a 」と書いてあった。

これを読んだとき、「トートロジー」という言葉が思い浮かんだ。
「そういう値を絶対値と定義したのではないのか」と。

トートロジーがどうこうというのは、誰がどんな場面で言ったのかは忘れたが、
たしか「数学と言うのはトートロジーだ」といって、数学自体を否定していたような記憶がある。

そういって片付けてもらえたら、わたしは非常にうれしいのだが、
多分、そうならないだろう。
11: Thu Jun 24 21:57:09 2010
勉強するときに、いろんなことをたくさんやると、たとえば世界史の後で数学をやると、世界史のことを忘れてしまうのではないかと心配になるが、ひょっとすると、たくさん情報を詰め込むと、それをなんとか整理して記憶するようになるのではないか?つまり、「同時にたくさんいろんなことを勉強したほうがアタマがよくなる」という仮説だ。
12: Thu Jun 24 22:22:23 2010
私は今42歳である。
たぶん、42歳にもなって高校の数学の教科書を開いてその問題を解いている人などほとんどいないだろう。

なぜそんなことをしないかというのには、いくつか理由がある。
ひとつに、おもしろくない。ひとつに、学生時代さんざんやったからみたくもない。
そして、多分これがもっとも大きいと思うが、できないのが怖い、ということ。

13: Thu Jun 24 22:28:18 2010
私もそうだった。年をとったから頭の回転が鈍っているだろう、特に数学なんかはきっとダメに違いない、と。

ところが、意外にすいすい行ける。

新しい過程の教科書だからわかりやすいのだろうか。

それもあるかもしれないが、加齢による「アタマの回転の鈍化」というものは、ほとんど感じられない。

体力低下に関しても、私は40をすぎてようやく感じ始めたくらいだ。

そして体力低下についてはそのほうが睡眠時間も短くてすむし、食事の量も少なくてすむし、
やっと冷静に毎日落ち着いて過ごせるとせいせいしているくらいだ。
14: Fri Jun 25 05:55:18 2010
第一章が終わった。不等式と、二次方程式まで。

私が高校で授業をうけてからもう20年たっているが、内容はほぼ同じ。
しかし、とてもわかりやすくなっているように感じた。

それは内容が少ないということではなく、
たとえば2次方程式では、まず、A. 因数分解による解法、B.平方根を利用した解法を紹介する。
そしてC.が解の公式を使う方法なのだが、B.を理解しているので、解の公式がどうして導かれるのか、
どうして解の公式という発想が生まれたのかがすんなり理解できる。

私が高校生の頃は、唐突に公式が登場して、とりあえずおぼえておけば解が出せる、
というような印象だった。
15: Fri Jun 25 05:57:46 2010
なんだか意外だったこと

√a x √b = √ab
16: Fri Jun 25 06:08:54 2010
「整数と、有限小数または無限小数で表される数とを合わせて実数という。」

という定義が出てくる。
以後、「任意の実数」というフレーズがよくでてくるようになる。

たとえば、不等式の性質のところ。

「任意の2つの実数a,bについて、a>b, a=b, a<bのうち、どれか一つの関係だけが成り立つ。」

「任意の実数」というフレーズが出てくると、算数が数学になる。
3つのリンゴと2つのミカンをあわせるといくつになるか、ということではなく、
抽象的な概念になる。

われわれは算数を常に具体的な概念に置き換えて教わってきた。
抽象的な法則や公式を教わった後、必ずそれを具体的な図形や食塩水や買い物に行くときの距離と時間などに適用するように教わった。

しかし、高校になるとそれが急になくなる。
そして、それが俗に言う「数学が実用に役立たない」と言われるゆえんでもあるが、
実用に役立たないことこそ数学の本質である。
17: Fri Jun 25 06:19:07 2010
ところで「任意の」という言い方だが、中学・高校生にその意味が理解できるだろうか。
「任意の」というのがどういう意味かを、きちんと教えるべきである。

「任意の実数について」を英語でいうと for any real numbers となるのだと思う。

これは、「実数のなかからどれか一つ(一つでない場合もあるが)を選んだときにそれがどんな実数であってもよい」
という意味である。

たとえば、「偶数は実数である」というのは真実であるが、すべての実数が偶数であるわけではない。
偶数は実数のうちの一部である。だから、「任意の実数は偶数である」というのは真ではない。

さっきの「任意の2つの実数a,bについて、a>b, a=b, a<bのうち、どれか一つの関係だけが成り立つ。」
については、a=2, b=10であっても、a=1/3, b=√2 であっても、 a=0,b=0 であっても、
「それが実数であればなんでもよい」というのが「任意の」という意味である。

本当は、算数のときにも「任意の実数について」という断りは必要なのであるが、
算数では実数しかでてこないので、わざわざ断りを入れないのである。

だから逆に言うと、わざわざ「任意の実数について」と言っているということは、
実数でない数についてはあてはまらない、と言っているのだ。
18: Fri Jun 25 06:29:47 2010
さて、実数でない数とはなんだろうか。
虚数のことだ。2乗するとマイナスになる数。なるほど。
ほかには?ないよね?ないと思う。あったらゴメンナサイ。

というわけで、実数というのはほとんど数のことを言っていると考えてよい。

整数、自然数、有理数、無理数という区別をつけるが、
これらは自然界を解釈あるいは表現するために人間が便宜上つけた区別であり、
ある場所からある場所への道のりを、1/3に区切ったときに割り切れずに0.3333... と無限に循環する、
などというのは、人間がそういう表現をしているだけであって、自然は1/3に分割することができる。

マイナスというのは、数を数えたり量を量るときにどこを基準にし、どの方向に測定するかということであり、
それもニンゲンの表現方法である。

少数、分数、平方根、累乗根も表現方法である。

では、虚数は?虚数は表現方法なのだろうか?

ああ、眠くなってきた。またあらためて。
19: Fri Jun 25 22:31:28 2010
「座標」についての説明。もう、当たり前すぎてほとんど自明のことであるが、
この概念はデカルトが考案したのだという。

英語でいうと、coordinate
この単語は初めて見るものではないが、あまり使うことのない単語だ。

co-ordinate, コ・オーディネイトとして認識している。

そういえば発音をちゃんと聞いたことがないな、と、weblio英和辞典で表示された発音アイコンをクリックする。
「コオーディネイト」と女性の声が聞こえた。ほとんど「コーディネート」だな・・・

そういえばファッションとかでいう「コーディネート」のつづりはどうなんだろう?と疑問に感じて調べたら、
coordinateがそれであった。

え!コーディネートと座標は英語だと同じ単語なのか!!
20: Fri Jun 25 22:37:10 2010
coordinateは動詞、名詞、形容詞のいずれでもあって、
本来の意味は同等の、同格の、等位の、というような意味のようだ。

そんな言葉が、どうして「座標」とか、「衣服の組み合わせ」のような意味になったのか。

たぶん、x,yの2つの座標で1つの点が定まることから、
そのxとyの2つの座標が対等に存在しているという意味だろう。
21: Fri Jun 25 23:35:21 2010
2時間数で出てくる「上に凸」「下に凸」という言葉。英語ではなんというのか?

・・・・・・・・

凸関数(とつかんすう、convex function)
凹関数(おうかんすう、concave function)

というのがあるようだ。

しかし、

「日本の学校教育においては、凸関数を「下に凸な関数」、凹関数を「上に凸な関数」と称することもある。」

とあり、凸関数が上に凸である関数ではなく、逆のようだ。

ま、これくらいでいいや。
22: Fri Jun 25 23:37:37 2010
「平行移動」という、自明に思える概念も、ちゃんと説明されている。

「点(a,b)を、x軸方向にp, y軸方向にqだけ移動した点の座標は(a+p, b+q) である。」
23: Sat Jun 26 00:17:25 2010
2次関数・・・。
どうして二次関数を学習するのだろうか。
n次でなく。

1,2,....n

というふうに一般化するのが数学じゃないのか。
高校の過程の範囲外なのか。

それにしてもどうして2次関数だけその性質を細かく勉強するのか。
平行移動とか対象移動とか。

二次関数は、n次関数の一つとして取り上げられているのか。
それとも、二次というのが、何か特別な意味を持っているのか。

2次元だからか。
24: Sat Jun 26 00:23:17 2010
二次関数になって、急につまらなくなった。
多分、具象化しているからだ。
若い頃、子供の頃は具象化が好きというか具象化しないと理解できなかった。
しかし今は、具象化にうんざりし始めている。
25: Sat Jun 26 02:05:56 2010
「若いうちに勉強しておかないと身につかない」とはよく言うが、わたしは40を過ぎても学生時代と変わらないどころか、間違いなく読解力も計算力も向上しているのを感じる。

それは別に私が優秀だからでも、不断の努力を怠らなかったからでもない・・・いや、努力はしたといえばしたかもしれない。
しかしその努力は、つきに100冊の読書をするとか、難関資格を取得するとか、セミナーだの講習だの各種学校だのに通うことでもない。

むしろ、そういう世間一般ですすめられている「勉強」「自己啓発」といったものを避ける努力をしていた。
26: Sat Jun 26 02:14:00 2010
ベストセラーなどは読まない。「脳内革命」「ソフィーの世界」「バカの壁」「ノルウェーの森」
読む本は浮世離れした古典ばかり。しかもその読み方も全く主観的な、自由な、ひどいときには著者の意図も無視して自分なりにストーリーや論旨をねじまげるような読み方までする。

つまり、自分を殺し、誰かの思考や思想を飲み込み植えつけて自分がそのクローンとなるような、そういうマネをしなかったということだ。

誰の言葉であっても、いったん自分のアタマで翻訳し、熟考し吟味したのちに取り入れる。
そう、だからほとんどの人の言葉は自分のなかに取り入れられなかった。
それは世間的には非常識、不勉強、独りよがりということになるが、
自分のアタマとココロで考えて感じることを常にやめなかったということでもある。

そしてそのような態度ではカネ儲けや出世はできない。
27: Sat Jun 26 03:29:15 2010
デカルトの「幾何学」を読んでみたいなと思ったが、方法序説などは岩波文庫で出ているが、幾何学は手軽に読めるものがなく、白水社のデカルト著作集第一巻におさめられているのだが、7770円もする。
28: Sat Jun 26 05:08:56 2010
2次関数のグラフとx軸との位置関係という話がでてきて、
y=ax^2 + bx + c について、判別式 D = b^2 - 4ac の値によってそれがわかり、
D=0なら接し、D>0なら交わり、D<0なら交わらない、という。

そしてそれは、2次方程式として考えたときに、解が2つになるか、一つか、解なしか、
ということになる。

ここも、「あーなるほど、同じことだね、y=0 を代入するんだから、当たり前だね、ハイハイ、こんなの簡単簡単♪」
と通り過ぎがちなところである。
29: Sat Jun 26 05:16:06 2010
だが、私は立ち止まる。「こんなうまい話があるか?これはお得意のトートロジーじゃないのか?」

もしくは、「そもそも『方程式』ってなんだ?『関数』ってなんだ?」という疑問を持つ。

この二つは、同じものの表現方法の違いなのか、同じ方法を使って別のことを考えているのか。

方程式を習うのは中学校である・・・・小学校か?
とにかく、高校以前である。

方程式とはなんぞや?

最近プロ野球で「勝利の方程式」という言葉が使われる。これは固定した中継ぎと押さえ投手の継投順序のことである。
「この継投をすれば勝てる」という意味である。

方程式というのはそんなものじゃないとは多分わかっているかそんなことは意識すらせずに使っているのだろう。
それくらい「方程式」という言葉は、よくわからないが答えが出てくるもの、と理解されている。

30: Sat Jun 26 05:25:44 2010
しかし、方程式というのは英語で言うと formula とか equation であることからもわかるように、未知数を含む等式にすぎない。

二次方程式であれば、
ax^2 + bx + c = 0
という、ちょっと式らしい式になるが、

一次方程式となると、
ax + b = 0
となり、これは単なる掛け算割り算ではないかと思える。

さらに簡単なものだと、
x + b = 0
これも方程式といえるのだろうか?

x = 5
となると方程式とはいえないのか?

では、
x - 5 = 0
は方程式なのか?何が違うのか?

「xが5だとわかっているのならxを使う必要はないじゃないか!」
と小学生やアタマの固い人なら怒りそうである。







31: Sat Jun 26 05:36:38 2010
方程式とはなんのために存在しているのか?

もっとも簡単な方程式を使うような実例を考えてみる。

「1個38円のたまねぎをx個買った時の合計金額が380円となるようなx」

これは間違いではないかもしれないし、実際に小学校の算数の教科書などにはこんな例が載っているだろう。
しかし、この例を考えたときに私は先に380円という、割り切れる数を考えた。

「38円のタマネギをx個買って、1000円となるようなx」としてしまうと、「割り切れない」。

1000/38 = 500/19 = 26.315789473684210526315789473684...

ちなみに「割り切れない数」とはかっこよく言うと「無理数」である・・・・というのは間違い。
割り切れなくても整数比であらわすことができるのは有理数である。
だから上記の1000/38は有理数である。
32: Sat Jun 26 05:42:51 2010
いまググっていたら、「割り切れない数は必ず循環小数になる」と書いている人がいて、違うだろwwwと思いかけたのだがそれは本当で、教科書にも「有理数を表す無限小数は、必ず循環小数になることが知られている」と書いてあった。

知らなかったよ!
33: Sat Jun 26 05:44:56 2010
さっきの1000÷38は windowsの電卓で計算した答えを貼り付けて・・・を足したものである。
最初は気付かなかったが「必ず循環する」ということを聞いてえっ!?と思ってよく見たら確かに循環していた。

しかし、ずいぶん長いストロークの循環である。
34: Sat Jun 26 05:47:03 2010
「知られている」というのは、数学の教科書にときどきでてくる。
「πが無理数である」というのもそうだ。

「知られている」というのは、そうであることを定義したのではなく、なぜだか知らないけどそうなっている、
という意味だ。

35: Sat Jun 26 05:50:20 2010
だんだん、「ピタゴラス学派が無理数の存在を秘密にした」という気持ちがわかるような気がしてきた。

無理数というのは別に自然界に存在しないたとえば虚数のような概念的な存在ではなく、
正方形の対角線という、地面に棒切れで描くだけで存在するような基本的なものである。
その長さを分数でも表すことができず、最後に・・・などというものを付けないと表現できないとは、
数学の無力を露呈していると思っても仕方が無い。
36: Sat Jun 26 06:00:04 2010
おっと、話がそれてしまった。
方程式のことでした。

でも無理数の不思議にふれたら方程式のことなどどうでもよくなってきた。

37: Sat Jun 26 06:14:44 2010
ついでなのでどんどん当たり前のこと、どうでもいいことを突っ込んでみる。

ax + b = 0
という式があったときに、aやbは係数あるいは定数として、xとは違う性質の変数だとみなすが、
これらはどれも同じ変数ではないのか?ただ着目する文字がxなだけで、

ax + b = 0
はすなわち
xa + b = 0
であり

b - xa = 0
でもある。
38: Sat Jun 26 06:19:55 2010
ax^2 + bx + c = 0

という一般化された表示だと、落ち着かない場合がある。
こういう一般化こそが数学の本質でそれを求める姿勢が大事なのだろうか。

でも、教科書だって必ず定数に具体的な数値をいれて、解を出させている。

次の2次方程式を解け
(1) x^2 + 8x + 12 = 0 (2) 2x^2 - 15x + 18 = 0

などと。
そしてわたしたちは、それを解いて、(x + 6)(x + 2) = 0 だから x = -6, -2 などとやってみて、
初めて「2次方程式がわかった」と思うのであるが、
逆じゃないのかな。

具体的な例が先にあって、そこからある性質を持ったものを抽出して一般化し、
「二次方程式」という概念を生み出し、
ax^2 + bx + c = 0
という形にまとまる。
39: Sat Jun 26 06:29:19 2010
さて、それでは最初に感じた疑問をもう一度考えてみよう。
「2次方程式」と「二次関数」との関係は何か。

教科書ではどう書いてあるか。

二次方程式
ax^2 + bx + c = 0  a, b, c は定数、a≠0

一次関数
y = ax + b a, b は定数

二次関数
y = ax^2 + bx + c a, b, c は定数、a≠0

「= 0」 が 左側に来て、「y =」 となっただけである。

x に続き、もう一つ y という変数が現れた。
なんで左側に来るのだろう?

ax^2 + bx + c = y
ではダメなのだろうか。

こうしてみると、「方程式は関数が特定の値になる場合」
つまり「関数の具体例」ということになるだろうか。



40: Sat Jun 26 06:31:52 2010
二次関数ではやたらとグラフを描かされ、グラフを使って答えを出すことを要求される。

ここで気づくのが、
y = ax^2 + bx + c
という関数はグラフにできないということだ。

a, b, cが具体的に決定しないと、グラフにできない。
x, yは変数でよい。

これも当たり前のことだが、意味のあることだ。
41: Sat Jun 26 06:50:52 2010
さっき、タマネギ一個38円で割り切れなくてどうのこうの・・・という話をした。
この38円というのは、実際に近所のダイエーでつけられている値段である。

これが30円でも35円でも40円でもなく、38円であるのには意味があると、テレビでやっていたのを見たことがある。
40円より少ないとかいうだけの意味ではなかった、8という数字に意味があるとかいう話だった。

これが39円ではだめなのだそうだ。

100/30 = 3.3333333333333333333333333333333
100/31 = 3.2258064516129032258064516129032
100/32 = 3.125
100/33 = 3.030303030303030303030303030303
100/34 = 2.9411764705882352941176470588235
100/35 = 2.8571428571428571428571428571429
100/36 = 2.7777777777777777777777777777778
100/37 = 2.7027027027027027027027027027027
100/38 = 2.6315789473684210526315789473684
100/39 = 2.5641025641025641025641025641026
42: Sat Jun 26 06:52:37 2010
100/30 = 3.3333333333333333333333333333333
100/31 = 3.2258064516129032258064516129032
100/32 = 3.125
100/33 = 3.030303030303030303030303030303
100/34 = 2.9411764705882352941176470588235
100/35 = 2.8571428571428571428571428571429
100/36 = 2.7777777777777777777777777777778
100/37 = 2.7027027027027027027027027027027
100/38 = 2.6315789473684210526315789473684
100/39 = 2.5641025641025641025641025641026
43: Sat Jun 26 06:57:06 2010
見てください・・・。
38円の場合が「循環節」がもっとも長い。
べつに長いからなんだ、といわれても困るが。
44: Sat Jun 26 18:30:34 2010
ふう・・・忌まわしい2次関数がようやく終わった。
昨夜の10時から始めた。まず2時間。
1時間ほど休憩して40分。また1時間ほど休憩して40分。
また1時間半やすんで、4:40から、1時間くらい。
寝て、14:41から18:20まで、約3時間30分。

合計、8時間くらいか。
約50ページを8時間で終わらした。
45: Sat Jun 26 18:34:16 2010
二次関数のところは練習問題などをちょっとはしょり気味にしたら、
最後の演習問題が苦しくなった。

たとえば

関数 y = x^2 - 4x + m について、 0 ≦ x ≦ 5 の範囲で y の値が常に負となるように、
定数 m の値の範囲を定めよ。

とか

x^2 - mx -m + 8 = 0 が次のような実数解をもつように、
定数 m の値の範囲を定めよ。

(1) 異なる2つの正の解
(2) 正の解と負の解

とかね。
46: Sat Jun 26 18:36:36 2010
x という変数があるうえに、m という新しい 変数がでてくる。
しかしこの m は変数ではなく、定数なのである。

定数なのに、数字じゃないのだ。定数をも文字で表すのだ。
これがキツい。

47: Sat Jun 26 18:43:14 2010
以前に「y = ax^2 + bx + c のグラフは描けない」と書いたが、
それはウソで、かける。

ただし、その位置や凸になる向きやらは定まらない。
つまり、「動物の絵を描け」というようなものである。

「動物といってもライオンやらゾウやら馬やら犬やらいますし・・・人間だって動物ですし・・・いったいどれを描いたらいいんでしょうか?」
というかもしれない。

はたまた、「動物というのは多種多様ですからそれらすべてを表現できるような絵は描けません」
というのもある。

そこは出題者の意図を汲み取って、
「ははあん、つまり動物ならなんでもいいから描けということだな、普通は一般的な馬だの犬だのを描くのだろうが、俺はそんなベタなものは描かない、なんにしようかな・・・」
というのが正しい態度だ。

「Y = 2x^2 + 5x - 4 のグラフを描け」というのは、「黒い馬を描け」と言っているようなものだ。
48: Sat Jun 26 19:56:08 2010
ながら勉強はダメだね、やっぱり。
「静かなクラシック音楽」とかでもだめ。

ただ机に向かって手を走らせるようにするだけのためなら、音楽やラジオは有効かもしれないが、
その状態でしていることは学習でも勉強でもない。

昨夜は朝生をつけた状態で少しやったのだが、
やっぱり途切れ途切れになったし、理解も浅い。
49: Sat Jun 26 20:03:10 2010
シャワーを浴びながら考えた。
数1の教科書を3日程度で終えようとしている。
多分数1と数Aは1年生で、数2数Bが2年でやるものだ。
数1を半年でやるとして、26週で週1としても、26時間。
数学はたしか週一ではきかないはずだ。

教育課程が詰め込みすぎだのゆとりだの言われているが、
わたしは全体を見ればかなりゆるいと思う。

しかし、なぜ理解できない生徒がいるかというと、
ある範囲の過程、たとえば数1などを、均等なペースで教えようとするからだ。

ニンゲンの理解力というのは、2次曲線や3次曲線のように、だんだん急上昇カーブを描くものだ。
最初はその科目のどくとくの様式だの用語だの、そもそも何のために学ぶのかなどがわからずにとまどう。
しかしそれに慣れてくると、ほぼオートマティックに学習意欲も理解力も増してきて、
放っておいても学ぶようになる。

教師のしごとはその最初のとっかかりだ。
最初はじっくりやる。考え方だけは妥協しない。
細かいミスとか、用語を覚えるとかにはこだわらない。
50: Sat Jun 26 20:06:42 2010
「詰め込み教育」がいけないのは、均等に詰め込もうとするからだ。

少なくとも今の日本の教育課程は、とりかかりが薄すぎる。
私は円周率を3としたのは、正しい選択だったと思う。
ただし、それはあくまでも約3なのであって、厳密には3ではない後に学習することになる無理数という、
特別な値である、ということを教えた上での話しだ。

もっというと、円周率の値など教える必要はない。
「円周率はいくつか?」という問題意識を持っているあるいは持たせている時点で間違っている。

51: Sat Jun 26 20:11:51 2010
さあ、三角比。

まず正接から来た!そうだったっけ?
52: Sat Jun 26 20:58:02 2010
三角比って何!?
どういうきっかけでこんなこと思いつくの!?
53: Sat Jun 26 21:09:20 2010
たぶんね、「三角形」で考えるからいけないんだと思うんだ。
すぐに座標軸が出てきて、円で考えるようになるけど、
そもそも三角比っていうのは最初から三角形の辺の比率として考えたのではないんじゃないか、と思っている。

54: Sat Jun 26 21:14:55 2010
というか、「三角形」というもの自体の認識を変える必要があるのではないか。

55: Sun Jun 27 03:47:25 2010
教科書をよみ、公式や法則や定義を教わった後、それを具体的な数値や図形に応用する、ということを繰り返すのが高校までの数学である。

数研出版だと、まず定義や法則を説明し、「例題」でその適用例を見せ、「問」で例にならった適用を実践し、
「練習」でそのバリエーションを訓練する。

「章」と「節」にわかれていて、節末に「問題」という、応用問題があり、章末に「演習問題A」「演習問題B」がある。

演習問題は節末よりやや難しく、さらにAよりBがやや難しいだろうか。

そして高校生のときは、これに加えて「オリジナル」という副教材を使用していて、「オリジナル」をとき終えてようやく学習が終わるのだった。
だがこの「オリジナル」という問題集は難易度が高いものであることは、しばらくたってから知った。

そしてこの問題集には解説がほとんどないので、間違った場合にどうしてそうなるかがわからない。
わたしなどは問題集などまず間違って解き方を知る、ような使い方をしていたため、とても苦労した。

今思い出しても、部活を終えて、9時とか10時とかに眠気などとたたかいながらオリジナルを解いた日々は、
ぞっとするものがある。
56: Sun Jun 27 03:49:50 2010
そして授業では教科書に書いてあることの説明をさらっとするだけで、実際に問題を解かせるとか、
板書させてそれをチェックするといった演習的なことはほとんどなく、生徒に任されていた。

さらに2年3年となってくると、教科書の説明すらはしょり始め、一体この教師達は何を仕事にしているのかと
疑問に思うくらいであった。
57: Sun Jun 27 03:52:05 2010
結局わたしは完全に数学コンプレックスを抱くようになり、浪人して予備校で補ってようやく高校の文系で学習する内容は身に付けられた。

しかし、3年で理系のみが履修する科目については全くといっていいほど理解できず、
その範囲については予備校でもやっていないため、いまだに屈辱と言うか苦手意識が払拭できていない。
58: Sun Jun 27 03:55:55 2010
その後一度、高校の数学教科書を復習(復讐といってもよかった)する機会があった。

そして今、もう一度高校教科書を読んでいる。

そして、あらためて、高校の数学の授業について考えたのだが、
やっぱり、「こんなことをする必要があるだろうか?」という疑問が湧く。

それは、「数学などカネ勘定ができる程度でいい」というようなことではない。
数学の目的がそんなものでないことは教科書を作っている人たち、教師、文科省の人たちもわかっているだろう。
しかし、それでは「科学技術に役立たせる」ということが数学の目的かといったら、
そうでもない。
59: Sun Jun 27 04:00:54 2010
いや、それも目的ではあるだろう。
しかし、「数学という学問」を考えたときに、それは自動車を200Kmで走らせたり、電気で走らせたり、
無人偵察機を宇宙に飛ばして星の砂を採集することが目的なのではない。

それは、経済学の目的がカネもうけでないことと同じだ。

高校までの数学の授業は、与えられた法則や公式を、さまざまな問題のバリエーションにあてはめ、
それを処理することに主眼がおかれていて、大学受験がそれに拍車をかけていて、
ほとんど知恵比べのようになっている。

たしかに「数学の問題」を解く力というのは、情報処理能力であり、それを持っていることはいろいろなことに応用できるだろう。

だがそれは、限られた時間に与えられた大量の仕事に優先順位をつけて効率よくこなすといった程度のことでしかない。
60: Sun Jun 27 04:03:38 2010
そして最近痛感しているのは、われわれに今求められているのはそのような処理能力ではないということだ。
やることがなくて困っているのだ。

必要なのは、問題を解くことよりもそれを提供することである。
そしてわれわれはその方法を学んでいない。

われわれが教育によって獲得できるものは、知識の整理と記憶方法、問題解決と処理方法だけである。
そして最悪なことに、「解決方法をしらない問題には手を付けない」という態度を学んでしまう。
61: Sun Jun 27 04:06:13 2010
ある問題があって、教わった解決方法からそれに適用できるものをさがしてあてはめていく、それしかできない。
せいぜいが、解決できる人を探してその人に依頼することくらいだ。
今企業で働いている人のしていることはほとんどそれで終わっているだろう。

「既知の解決方法をさがして適用する。方法がなければ知っている人をさがしてその人に解決してもらう」
これがほとんどの人がやっている「知的労働」というものだ。
62: Sun Jun 27 04:08:43 2010
困難に直面し、既知の解決方法がなかったときに、「それではどうやったら解決できるだろうか?」
とアタマを絞って解決方法をひねりだすことができる人はほとんどいない。

「問題の設定自体がおかしいから解けない」と言う人はたまにいるが、
「こういう問題設定ではなくて、こういう設定にしたら解決できる、もしくはより簡単に解決できる」
などということを考える人はいない。

もしいたら、うとまれるだろう。

私がそうだ。
63: Sun Jun 27 04:11:32 2010
先ほども書いたが、ニンゲンが何かを学んでそれを身に付け、自分のものとして、使いこなすというプロセスは、時間がたつとともに急速に上昇する。

最初は、まごつくものである。試行錯誤もするし、同じ事を何度も聞くし、やり直しもたくさんある。
だが、その段階は必要なもので、そこで十分に方法を検討しておくことが、後の発展に結びつくのである。
この初期の段階でミスのないことや効率を考えてしまうと、長い目で見るとかえって失敗する。
64: Sun Jun 27 04:15:57 2010
数学に話を戻す。
わたしは先ほど、「三角関数なんてどんなキッカケで思いついたのか?」
と書いた。

こういうことが重要である。
三角関数はいまや科学技術にはなくてはならない基礎知識であろう。
私は科学技術のことは何もしらないが、三角関数がそうでなければ微積分でもなんでもいい。

教科書にはデカルトが座標を考えたとか、オイラーが三角関数を考えたとか書いてあるが、
それは天才が降臨して、人間にあたらしい知識を与えたかのように、
まるで宇宙人からのプレゼントであるかのように書かれている。
65: Sun Jun 27 04:23:56 2010
彼らがどうやって座標や微積分や三角関数を思いついたのか、それを習って、
彼らのような考え方を学ぶのが必要ではないのか?

デカルトやオイラーが、学校であたえられた問題集をひたすら解いていたとは考えられない。
そういう時期もあったかもしれないが、あくまでもそれは法則の確認程度であって、
すでに知られている法則の応用練習などには興味がなかったはずだ。

デカルトが座標の考えを思いついたのは天井からつりさがったクモを見たときだ、というのは真偽があやしいらしい。
しかし、わたしが言っているのはそんなことではない。
ニュートンがリンゴが落ちるのを見たときに思いついたとか。

私が言っているのは問題意識の持ち方、目的意識の持ち方である。

66: Sun Jun 27 04:35:12 2010
「・・・おのおのの物体に固有な運動も、多数の運動に代わるものとみなすこともできる、・・・しかしかような運動が、その故に実際に分かれているのでないことは、運動する物体のおのおのの点は、或るただ一つの線を描くことから明らかである。・・・たとえば、線ABがCDに向かって運動し、同じときに点AがBに向かって運動するならば、この点Aが描く直線ADは、AからBへとABからCDへとの二つの直線運動に依存すること、あたかも車輪の任意の点によって描かれる曲線が、直線および円周の運動に依存するのに劣らないであろう」

これは岩波文庫のデカルトの哲学原理の一部である。

その文章が書いてあるところには絵が描いてあって、長方形があって、各頂点にA, B, C, Dと書いてありk
AからDに対角線が引かれている。

学校の教科書であれば、この図について何か書くとするなら、
「点AがDへ向かって運動する場合、その運動はAからBへの運動とAからCの運動に分離して考えることができる」
などとするだろう。

たしかに、上記の記述をまとめればそういうことになるだろう。
わたしでもそうするだろう。

しかし、デカルトが言っていることをまったく書かずに、いきなり対角線が引かれた四角形と「運動が分離できる」
という文章があったら、人は「運動を分離せよ」と言われていると受け取るだろう。
それが学生であり、書いてあるのが教科書であればなおさらである。
67: Sun Jun 27 04:37:43 2010
そういうものは、つまり、学問でも仕事でも芸術でも遊びでも何でも、
誰かが過去に何かを発見して提供し、われわれはそれをありがたく享受して、
おいしいものを食べ、音楽や小説で享楽し、毒物や健康によくないものを避け、
楽しく安楽に暮らす、という生活態度を導く。
68: Sun Jun 27 04:40:34 2010
「学ぶ」ということ「勉強する」ということも「今がんばらないと後で苦労するよ」という、「アリとキリギリス」的な低級な思想でおこなっている人が非常に多いのである。

「勉強して偉くなる」「がんばっていい会社に就職する」「若いうちに一生懸命勉強する」
というのは、実は学問を否定する言葉なのである。
69: Sun Jun 27 04:42:10 2010
・・・要するに、数学の問題集をせっせと解きまくることなど、やめないか?
ということが言いたいのだ。
70: Sun Jun 27 04:46:09 2010
それは、スポーツで言えば過剰なウェイトトレーニングをするようなものだ。

ウェイトトレーニングが非常に効果があることはわたしも身をもって痛感している。
ただ力をつけるだけの単純なものでもないし、やり方にもいろいろあるし、
バランスよく鍛えないとダメだとか、休むとキンニクが回復するとか。

だが、MLBで歴史に残る活躍をしたプレイヤーがことごとく薬物を使用していたということを知ると、
やっぱりスポーツにおける筋トレは、飛び道具のようなものだと、思う。
71: Sun Jun 27 04:48:36 2010
数学の問題も、原理を確認するため、その普遍性を確認するために注意深く解くなら有意義であろう。
しかし受験のために、解法パターンをいくつも覚え、限られた時間で多くの情報処理をこなすための問題集など、
クソくらえだ。
72: Sun Jun 27 04:54:03 2010
わたしは今回のこの自身による高校授業の補習をおこなっているが、それは「大学に行く」という無謀ともいえる行動のための準備であった。

「大学へ行く」というのは、自分がただ流されるように食べて酔って寝て笑ってすごすだけの阿呆でないことを証明したいという理由でもあったのだが、それはすでに確認できたと思っている。
私は阿呆ではないことは、すでにわかった。
それを人に認めてもらう必要もない。

そして多くの大学生は、学問をするためではなく社会に適応するために大学へ入学して授業を受けている。

わたしの同級生たちもそうだったし、大学を出て会社員になっている連中をみてもそうだし、
最悪な部類では「私は大学をでているから高卒の連中より高い給料をもらう資格がある」などと言うものもいる。
73: Sun Jun 27 04:58:26 2010
教科書にパラボラアンテナの話がコラムとして載っていて、パラボナアンテナが放物線を軸を中心に回転させた形状をしているということが書いてあるのだが、そもそも parabolic というのが「放物線状の」という意味であることを、今日知った。

74: Sun Jun 27 05:00:51 2010
まあ、こんなことを書いたのも、「正弦定理と余弦定理」が次に控えているからだ。

これは、忌まわしい。これはほとんど呪いの呪文と化している。
75: Sun Jun 27 05:38:34 2010
何度も書いているが私は三角関数に苦手意識がある。微積分よりも苦手意識が強い。
なぜなら、三角関数の意義がわからないからだ。三角関数を使って何かの解決ができたことがない。
三角関数を実感できたことがない。
76: Sun Jun 27 05:47:49 2010
まず、言葉。
sin(sine) cos(cosine) tan(tangent)

日本語で、正弦、余弦、正接。
もちろん、こんな言葉を三角関数意外で使うことはない。

まあ、翻訳はここでは置いておく。

三角比とは、直角三角形の2辺の比率のことである。

sinは、その比率を考える二辺の位置がアルファベットのsの筆記体と同じであることから、
cosは、cと同じであることから、tanはtと同じであることから名づけられた。

で、いいんだよね?sine, cosine, tangentという言葉自体に意味はないよね?
tangentには「接する」とかいう意味があるようだが。

77: Sun Jun 27 05:59:54 2010
これを、もうちょっと何か意味のある名前にできなかったのだろうか。

wikipediaで三角比(三角関数)の説明を読んでみるが、
直角三角形を図示して、その辺に符号をふって、sinは a/h などと説明している。

それはもう私でも覚えている。

sinθは、と考えるときには紙に直角三角形を描いて、手でsの筆記体をかく動作をして、
これ分のこれ、としている。cos, tanも同様である。

sin60度のときは、辺の比が1:2:√3になるというのも覚えていて、
それもどこかに書いて、sin60度は・・・(三角形を描いて各辺に1,2,√3と書き、sの筆記体を書く動作をして)
2分の√3、とする。
78: Sun Jun 27 06:09:02 2010
エンジニアの人たちなどはsin60度は√3/2などというのはもう体で覚えてしまっているのだろうか。

わたしはいつまでたっても三角定規をかいてsの筆記体を書く動作をして確認しないとわからない。

だが、wikipediaでも、図示した直角三角形に付与した記号を使って、 sinθ = a / h などとやっているのだから、
同じことである。

英語ではどうかと見てみると、right triangleというのが出てくるがこれは直角三角形のことである。
直角を right というのか。

図は日本語版と同じであるが、斜辺がhypotenuse, 直角を右下に置いたときに垂直となる辺をopposite, 底辺をadjacentと呼んでいる。

そして、底辺の直角である側と反対側の角をAとすると、sinA = opposite/hypotenuse と書いている。
日本語版では sinA = a / h である。

これは微妙な違いであるが、ずいぶんイメージが違う。
a / h だと、単にそういう文字を付けた2つの辺の比でしかないが、

opposite / hypotenuse だと、三角形の3つの辺の、それぞれ特定の辺であることが意識される。

79: Sun Jun 27 06:17:49 2010
hypotenuse いかにもギリシア語っぽい。
カタカナであえて読むと ハイポテニューズ か。

opposite は、hypotenuse の反対側という意味か。

adjacent は、「接する」、hypotenuseとopposeteに接しているという意味か?
80: Sun Jun 27 06:19:51 2010
わたしが不満なのは、sineやcosineについても、hypotenuse とか opposite のような、
意味がある言葉にしてもらいたかったのだ。

そうであればもう少し、三角関数とはなんぞやということがわかったのではないかと思う。

しかし、誰もそんなことを言わないところを見ると、こんなところはとりあえず黙って覚えるところだろうか。
81: Sun Jun 27 06:41:09 2010
証明について

「証明」という言葉はちょっと大げさで、「真実を証明する」とか、昔映画で「証明シリーズ」なんてのがあったけど、
なんだか劇的な、疑いを晴らすようなイメージがあるが、数学の証明はそんな劇的なものではない。

大事なことは、数学の証明は、証明する事実の本質を説明することではない、ということだ。
特に、√2が無理数であることを背理法で証明するのなんか、インチチじゃないかと思う。
そもそも、有理数でないから無理数であるというが定義なんだから、
「有理数であると仮定すると矛盾が起きるから無理数」というのは、トートロジーなんじゃないでしょうか?

背理法だと特にそれを強く感じるが、そうでなくても、教科書の書き方であるまず定理を示して証明するというやり方で、なんか腑に落ちないものを感じることが多い。
82: Sun Jun 27 09:58:31 2010
こんな問題を2時間くらいかけて解いた。

△ABCの辺BCの中点をMとするとき、次の等式が成り立つことを、余弦定理を用いて証明せよ。

AB^2 + AC^2 = 2( AM^2 + BM^2 )



・・・今朝のことは、一生忘れないかもしれない。
余弦定理もすっかりおぼえた。

a^2 = b^2 + c^2 - 2bc・cosA
とか

a/sinA = 2R とか

ふぅ・・・
83: Sun Jun 27 10:01:20 2010
今気付いたんだけど、教科書がやたらカラフルだ。
世界史の教科書も写真や絵がカラーだった。

われわれのときは数学はもちろん世界史もモノクロだった。

教科書とは別に資料集があって、それはカラーだったけど。
84: Sun Jun 27 18:21:47 2010
球の体積と表面積というのがあって、
体積をV, 表面積をSとすると、下記のようになることが「知られている」とある。

V = 4/3 πr^3
S = 4 πr^2

体積については水を入れた円柱状の容器に玉を出し入れしてその水面の高さの変化を、表面積については半球の球面部分にヒモをまきつけ更にその半分の長さのヒモを平面状でうずまき状に巻いて円をつくりその半径が球の半径と一致する事をカラー写真で示している。

証明は放棄している。

なぜ4/3になるのかは説明されない。最初に球を入れた状態で急の高さ(2r)まで水をいれ、その後球を取り出すと水面の高さが2/3r cm になる、というだけである。球が入っているときの体積がπr^2 x 2rで、球を取り出したときの体積がπr^2 x 2/3rで、その差 πr^2 x (2r - 2/3r) = πr^2 x 4/3r = 4/3πr^3 が球の体積である、というわけだ。

ひもの例も理解にちょっと時間がかかったが、球の表面積の半分の半分が断面の面積になる、つまり、球の表面積は断面の4倍である、つまり S = 4 πr^2 である、ということだ。



85: Sun Jun 27 18:24:11 2010
球の中心を通る断面、つまり面積が最大となる球の断面、つまり球を半分に分割する断面、この断面に名前はないのだろうか?
86: Sun Jun 27 18:48:24 2010
というわけで、底面と高さの等しい円柱と円錐があり、その底面が球の最大断面に等しい球があったとき、
円柱・球・円錐の体積比は、3:2:1 となる。
87: Sun Jun 27 19:08:21 2010
さて面積比は、というところで、円柱と球はいまやったのでいいのだが、円錐の表面積がでてこない。
おぼえていなくても考えて計算できるだろうと思ったができない・・・。

まず底面は πr^2 でよい。
問題の側面であるが、この部分はパラリと展開して平面にすると、円錐の斜辺を半径とした扇型になる。
これが扇形になる、という時点でちょっと首をひねるが、とにかく扇形になる。

問題はその扇形の扇の開き加減である(これも名前がわからない)。
それは、底面の円周に一致する。

底面の半径がr, 高さが 2r だから、斜辺は√3r 。
底面の円周は 2πr で、これは扇形の周の長さでもある。

扇形の半径は√3rで、それを半径とする円の円周は2√3πrだから、
この扇形の面積は、πr^2 * (1/√3) = √3πr^2 / 3

底面積とたすと、(3+√3)πr^2 / 3

本当か?こんなに面倒くさいか?
88: Sun Jun 27 19:34:27 2010
もう一度。

条件から整理する。

底面の半径: r
高さ: 2r

1. 底面積を求める。

底面積 S1 = πr^2

2. 面積を求める。

2-1. 母線(円錐の頂点から底面に向かう斜めの線)を求める。

母線をa とおくと、a^2 = r^2 + (2r)^2
a>0 だから、a = √(5r^2) = √5

この時点でさっきは間違えている。




89: Sun Jun 27 19:41:38 2010
√5じゃなくて √5r。

2-2. 側面の扇形の面積を求める。

側面の扇形の半径は母線で、√5r
扇形の周の長さは底面の円周の長さで、2πr

母線を半径とする円の面積 S2 = 5πr^2
母線を半径とする円の円周の長さ p = 2√5πr

側面の面積は、S3 = 5πr^2 * ( 2πr / 2√5πr ) = √5πr^2

[終り]


90: Sun Jun 27 19:43:01 2010
終りじゃなかった。底面積を足す。

√5πr^2 + πr^2 = ( 1 + √5 ) πr^2

・・・・ふぅ。
91: Sun Jun 27 19:48:42 2010
円錐の側面積は母線が示されていれば、半径:r, 母線:a, 側面積:S とすると、

S = πar

で求められるそうだ。習ったかもしれないが全然おぼえていない。
先ほどの例にあてはめてみたら、確かに π・√5r・r = √5πr^2 となった。


これを知っていたら、母線が√5とわかった時点ですぐ側面積が出ていたんだな。

なんかズルいような気もするが・・・
92: Sun Jun 27 20:05:00 2010
しつこいけどもう一度。 条件をちょっと変える。
底面の半径: r 高さ: r

底面積 S1 = πr^2

母線(円錐の頂点から底面に向かう斜めの線)を求める。

母線をa とおくと、a^2 = r^2 + r^2
a>0 だから、a = √(2r^2) = √(2)r

側面の扇形の面積を求める。 側面の扇形の半径は母線で、√2r
扇形の周の長さpは底面の円周の長さで、p=2πr

母線を半径とする円の面積S2は、 S2 = 2πr^2
母線を半径とする円の円周の長さqは、 q = 2√2πr

側面の面積S3は、S3 = S2 * ( p / q ) = 2πr^2 * ( 2πr / 2√2πr ) = √2πr^2

円錐の表面積はS3+S1 = (1+√2)πr^2

ところで、円錐の表面積っていうとき、底面積は含まないのかな?
93: Sun Jun 27 21:01:28 2010
だんだんしんどくなってきた。
飽きてきたというのもある。

やっぱり単純な計算力は落ちているかな。
年のせいか、飛ばしすぎか、睡眠不足か。

単純な足し算・掛け算とか因数分解とか有利化、約分、
そういうところでちょくちょくミスする。
94: Sun Jun 27 21:05:51 2010
wikipediaサマサマだな。

前回の教科書復習大会ではwikipediaなんかまだ見てなかった。
2001年からとあるから、まだなかったな。

インターネットは使えてたけど、まだyahooで検索してたな。
2000年と言ったら、googleがyahooの結果を出していた頃じゃないか?
調べたらやっぱりそうだ。

わからない言葉があったらなんでもかんでもgoogleで調べるようになったのは、
ここ数年のことだ。

95: Sun Jun 27 21:07:59 2010
2ちゃんねるも99年か。結構遅いんだな。
そういえばあの頃はまだ2チャンネルみてなかったな。

教科書復習大会を終えて、大学へいくのはあきらめて、始めた仕事で調べ物をしたりするうちに2ちゃんねるを知った。
それからまだ10年か。

twitterなんてものが出現するとは予想もしなかった。
96: Mon Jun 28 02:01:29 2010
一応、数1の教科書は読み通した。見込みどおり、金土日の三日で終えた。かなりのハードスケジュールだったと思う。
金曜の夜に部屋に帰ってきてから日曜の4時ごろ買い物にでかけるまで一歩も外にでなかった。部屋にいる間も、テレビはサッカーをちょっと、朝生をちょっと、お笑いをちょっとみただけで、あとはほとんど机に向かっていた。食事はうどんやパンなどを適当に自分で作って食べた。ネスカフェはこの週末で100杯くらい飲んだのではないだろうか。寝るのは眠くなったとき。夜昼を問わない。多分、一日あたり4、5時間だと思う。最初は新鮮で楽しかったのだが、だんだん疲れてきて、忌まわしくなった。問題を解いて、移項やカッコをはずすときに符号をつけ間違えたり、平方根を開くときに計算ミスをしたり、簡単な九九や足し算引き算を間違えてすべてが無に帰してしまったり・・・。教科書の演習問題の解答は最後の答え以外はほとんど書いていないから、ちょっとミスをしただけで0点になるのだ。
97: Mon Jun 28 02:03:24 2010
教科書を読んで問題を解くのを繰り返していたのだが、合間に用語を英語でしらべたり、自分の思うところをここに書き付けたりして、ただの受験勉強ではないことができた。非常に有意義だった。苦手意識があってその意義もよくわからなかった正弦定理や余弦定理も、面積を求めたりする場合に有用であることがわかった。
98: Mon Jun 28 02:06:56 2010
数学の教育について、人が考えていることも調べてみた。
「受験数学」については、賛否両論であるが、否定的な意見が多いようだ。

私もおおむね受験をめざしておこなわれる教育については否定的である。

だが、わたしはなまじ勉強ができたほうだったために、受験勉強とか偏差値とかいうものに多少コンプレックスがある。

いましていることも、コンプレックスの解消という動機が半分かそれ以上あるかもしれない。
99: Mon Jun 28 02:14:04 2010
高校の教科書を読み、問題を解いていると、思い出すのは高校の同級生だったI君だ。
I君は1年、3年で同級生になった。彼は私と違って成績優秀で、さらに授業そっちのけで受験対策の問題を解いていた。
とにかくいつも何かしら書いていた。どんな授業もほとんどBGM程度にしか聞かず、そんなのとっくにわかってるよという感じで、受験対策に励んでいた。しかし、彼はクソマジメなガリ勉でもなく、手を動かしながら非常によくしゃべっていた。アイドルのこと、プロ野球のこと、ワイ談など。部活はやっていなかったがスポーツもまあまあできるし、友達も多く、人気者と言えただろう。少し傲慢なところがあったが、わたしなどはそれくらいのほうが気をつかわなくてよかった。
100: Mon Jun 28 02:19:40 2010
彼が言っていたことでよく覚えているのが「男で文系は情けない」という言葉だ。文系など暗記でアタマを使わない、食えないなどと言っていた。教師のこともほとんどバカにしていて、予備校の講師や参考書の著者しか信じていないようだった。

そして3年生のちょっと長い冬休みが終わって、I君の受験の結果を聞いたら、第一志望の国立大学には不合格で、ある有名私大の理工学部に補欠合格した、ということだった。友人達は「Iでも補欠かよ」と驚いていた。
I君は浪人も考えたようだが結局その大学に入学して、今では准教授になっている。

101: Mon Jun 28 02:22:27 2010
一方の私は文転し、彼の言う「情けない」進路へ進むもすぐにやめて働き始めた。
ただそれもほとんどバイトのようなもので、何かを成し遂げたとか貢献したとかいう思いはほとんどない。
稼いだカネも微々たるものだった。40をすぎた今、おどろくほどあっという間に過ぎ去って何も残さなかった、
見事なまでに空白の20年であったと思う。
102: Mon Jun 28 02:29:11 2010
だが、わたしはI君は偉かった、I君の言うとおりに理系へ進んでエンジニアになっていれば今頃裕福な暮らしもできていたのに、などとも思わない。私はI君のことを尊敬もしていない。大学教授というのはああいう男がなっていくのか、と感じるくらいである。

彼は休み時間もほとんど片時も休むことなく「勉強」していた。予備校にも通い家でも夜遅くまでやっていたようだ。

I君は極端だったが、高校時代というのは多かれ少なかれ、みなそういう傾向があった。
授業なんか義理でやり過ごし、本当にやりたいことは大学へ行ってからやるんだ、と。
そのためにまずは受験競争に勝つことだ、と。

そして私も、それは理想の行動ではないが、あのときできる最上の選択だったと思う。

103: Mon Jun 28 02:31:15 2010
私の高校の同級生たちは、企業なら課長、大学なら准教授などになっている年代だ。
スポーツマンならもう現役を退いて指導者になる年齢だ。
国会議員でも私より年下の議員はもう珍しくないし、芥川賞などはもう私より年下が受賞することはまずない。
104: Mon Jun 28 02:33:38 2010
そして私は今、何の地位も財産も残さずに、高校の時とほとんど変わらない精神と心理状態で日々を過ごしている。

高校生のとき、毎日下る坂道を、自転車にのってツーっと降りているとき、ペダルもこがずにただ重力にまかせて下っているときに、いったいいつまでこんなことが続くのだろう、10年後もこんなふうにツーっと坂を下っていくのだろうかと、不安のような虚しさのような気持ちにおそわれたことがある。
105: Mon Jun 28 02:36:46 2010
カネがないときに給料日までの日々を指折り数えたり、
仕事でやることがなくてあと数時間机に座っていなければならないことを思って愕然としたり、
わたしの人生はそういうふうに時間をもてあますことが多かった。

ときどきは、「忙しい」ときもあった。残業したり、運動したり、何かを自分に課していたこともあった。
だが、基本的にわたしはヒマで何もやることがない状態を好んだ。
106: Mon Jun 28 02:37:37 2010
また何が言いたいのかわからなくなってきた。
そういえば高校時代からノートにこんなことを書き付けるようになったのだった。

もう寝るか・・・。
107: Tue Jun 29 03:18:49 2010
数1の教科書の最後のページの演習問題Bの最後の問題に、1辺の長さがaの正四面体が出てくる。
この体積を求める問題が出てきて、私はその高さをroot(3)/2 としてしまい間違えた。
「そっか、これは底面積を求めるときの高さだな、正四面体の高さは、高さは、高さは・・・・?」

わからない。
108: Tue Jun 29 03:28:22 2010
google。

正四面体では頂点から底面に垂直におろした線が、底面の重心を通ることを知る。
1辺がaであるなら、その垂線と底面の高さが交わる点は、底面の高さを1:2に分割する点である。

まず、これがどうしてかを確かめたいが、後で。

正四面体の高さをhとすると、h,a, (2/3)*底面の高さが直角三角形を作る。

底面の高さは {root(3)/2}a なので、

a^2 = h^2 + [(2/3) * {root(3)/2}a ]^2
a^2 = h^2 + [{root(3)/3}a]^2
a^2 = h^2 + (1/3)a^
なので、h= root(2/3)a となる。

109: Tue Jun 29 03:30:21 2010
今街を歩いている人に声をかけて、「1辺の長さがaである正四面体の高さは?」ときいてこたえられる人がどれだけいるだろう?

正四面体の図を見せて、その場で紙とペンを渡して計算、root(2/3)a だと導ける人が。
110: Tue Jun 29 03:32:22 2010
というわけで、やっと数1が終わった。最後の問題3ページ連発は忌まわしく、くじけそうになった。
何問かは少し考えたうえでギブアップした。

そういうことも、必要なときがある。
111: Tue Jun 29 03:34:49 2010
6/24の夜から4日間で終えた。時間にするとどれくらいだろう。平日3時間、土日10時間ずつとしても、26時間。
まあ、30時間以内ではあろう。
112: Tue Jun 29 03:37:00 2010
数学のノートは、公式などのみを書いたので、19ページにしかならなかった。
問題を解くのはなにかのときにとためてあったチラシの裏などを使ったが、
1年半あまりでためていたそのチラシがちょうど全部なくなった。

これからはどうしようか。ノートを使うのはもったいないし。
安いわら半紙かなんか売ってないかな?
113: Tue Jun 29 03:41:42 2010
ノートと言えば、B5の「大学ノート」が定番でしょう。そして大学ノートと言えばコクヨのCampusが定番でしょう。
わたしの職場にある小さな売店でも、CampusのA, Bの30枚が売っています。1冊100円だったかな?

枚数は、30だと少し少ないでしょうか。
世界史のときはBの40枚で、1冊と30枚使いました。

114: Tue Jun 29 03:50:21 2010
でも、キャンパスって意外に高い。B罫の30枚が定価で150円。

こないだ5冊セットのを買うときに、最初はキャンパスを手にとったけど、
どうせ書き散らしてほとんど読まないし、と、ノンブランドのものにした。
レシート見ると198円となっている。5冊で198?ずいぶん安いな。

確かキャンパスは398だったと思う。それでも1冊あたり80円でずいぶん安いが。
115: Tue Jun 29 03:53:17 2010
キャンパスノートにケチをつけるとすると、
1ページ目の付け根がちょっと表紙にくっついていて、きれいに開けないところだ。
最後のページも。

糸で綴じる方式だときれいに開ける。

キャンパスは紙質がよくて書きやすいけど。
116: Tue Jun 29 04:04:16 2010
数学でいやなのは、計算している数がバカでかくなって、あきらかに間違いだとわかるときだ。
さっきも、3辺の長さがわかっている三角形の面積を出すために、余弦定理でcosを出してそこからsinを出して面積を出そうとしたところで、cosF = 18*root(130)/65 とかになった。ここから 1-cos^2F = sin^2F でsinFを出すことはできるが、どうせ間違ってるだろうとやる気にならない。
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