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太宰の稼ぎ

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1: 2005/10/16(Sun) 13:27
太宰治のドラマを見た。やっぱり俺は彼が大好きなんだと気づいた。
ところで、斜陽を書いた後に、年収が21万で税金が10万円だけど、そんな金あるはずがないじゃないか、というシーンが出てきた。
これはどのくらいの収入なんだろうか?
2: 2005/10/16(Sun) 13:36
WEBで調べると諸説あるが、公務員の初任給が3000円から4000円くらいらしい。その50倍で、現在の初任給を20万円とすると、1千万円ということになる。
3: 2005/10/16(Sun) 13:39
それくらいならまあ妥当かなと思うのだが、
昨日坂口安吾の文庫を立ち読みしたら、太宰のカネの使い方の異常さを、「月収20万、毎晩2千円のカストリを飲み、50円の借家に住んで雨漏りを直さず」という分があった。
月収1千万。年収1億2千万。斜陽はベストセラーになったそうだから十分ありえる。
4: 2005/10/16(Sun) 13:47
というわけで、太宰の手紙などから、カネについての記述を集めてみよう。
5: 2005/10/16(Sun) 14:15
本(全集のこと)は一冊二百円くらいの豪華版になるはずで、 (昭和22年)

(「津軽」の)印税の内から二千円ほどいわゆる越年資金として、いただくことができたら、この急場を切り抜けられるようなんです。 (昭和21年)

これは河北新報社から出ている「東北文学」に送ります。採用になるかどうかわかりませんが、あそこでは、稿料も一枚十円くらいで、創刊号も地方誌にめずらしく充実したものでしたから、初舞台としてそんな恥ずかしいことはないと思います。 (昭和21年)

お手紙のお返事にこんなハガキを用いるのはじつに不本意だが、きょう(三月二日)は新円切り替えの日だとか言って、切手代の都合つかず、このていたらく、ご寛恕あれ。 (昭和21年)

お金がかかるね。ぼくはもうやみタバコ一万円くらい吸いました。 (昭和21年)

こちらは、日本酒一升五十円、ウイスキー、サントリー級一本百円ならば、どうにか手にはいるようです。 (昭和20年)

東京で酒を飲んで、あとでしらべたら四百円も費消していたので一驚した。 (昭和20年)

ただいまは、「老ヒデルベルヒ」三千部の印税金五百四拾円也たしかに拝受つかまつりました。 (昭和17年)

私も、どうやら一月平均五十円の稿料がはいりますから、いままでどおり九十円の送金では心苦しく思いますから、相当減額してくださるよう、私のほうから願いました。稿料だけでは、やはり、いまのところ自活の自信が、ございませぬし、また、病気になったときには困りますから、 (昭和15年)

三鷹、吉祥寺間、井の頭公園裏の麦畑の中に、六軒、新築中の家がありましたが、皆二十七円で、少しそれでは高すぎますし、・・・・・家賃は、二十三、四円以上だと困るのです。 (昭和14年)

きょう十六日、私と石原氏母堂とふたり、正式に仲人の斎藤氏宅へお礼にまいりました。その際、二十円、私と石原氏と半分ずつ出し合い、末広とお菓子を添えて、ほんのお礼の印として、差し出しました。もっとお礼したかったのですが、私も、おこづかいの中から工面するよりほかなく、石原氏と相談して十円ずつ出し合い、包んで、石原氏の母堂のお名まえと、私の名まえとを書いて、差し出しました。 (昭和14年)
6: 2005/10/16(Sun) 14:30
式には、十二、三円かかるらしく、それくらいならば、私のこづかい銭節約して、できますから、 (昭和13年)

今月末までに、くにの兄貴へ五十円(出版記念会に着て出る夏の袴と着物こしらえました)かえせば(デンポウがわせにて)きょうじゅうに、むこうから、また、二百円借りることができるのです。 (昭和11年)

ただいま別封にて、さまざま、クリスマスイブ、のごとく、おもちゃどっさりの袋、お送り申しました、二百円、友人、先輩、すべて、返さずともよしと言うて、くれますけれど、つくづく、私の将来も考え、早く返却したく、兄上様、貸してください。七月末に、五十円。八月末日、百円。九月末に百五十円。しっかり精進、きっと汚名をそそぎます。 (昭和11年)
7: 09/07/08(Wed) 23:46
この辺の話は美知子さんの本に書いてあった。
確実なのは、太宰はいい大人になるまでずっと実家からかなりの額の仕送りを受けていたこと。
戦後急激なインフレが起きたこと。
8: Sun Feb 19 23:35:14 2012
「はだしのゲン」で、「1円は現在の1万円くらいの価値」という記述を見た記憶がある。

「式には十二、三円」かかる、というのは結婚式で12,3万というは妥当と思える。

昭和十五年に一月平均50円の稿料、90円の送金。
50万円、90万円とすると少し高いが、太宰ならありえるか。

昭和14年の家賃の話は、27円では高すぎで23,4円以上だと困る、というのも、
1円=1万だと高すぎる。半分くらいが妥当じゃないだろうか?
9: Sun Feb 19 23:49:32 2012
wikipediaの米価の変遷によると、昭和16年から20年で4倍弱、
昭和20年から22年で12倍弱。
昭和20年から52年までで288倍。
10: Sun Feb 19 23:54:26 2012
昭和50年から平成7年までで、約1.5倍。
とすると・・・

昭和16年の米価は現在の432分の一ということになる。
が、諸情報からして1円が現在の432円とはならないだろう。
11: Mon Feb 20 00:00:34 2012
太宰が死んだ昭和23年と比較すると、だいたい10倍くらいのようだ。
だとすると、「月収200万、毎晩2万円のカストリを飲み」ここまではいい、
が、「500円の借家」というのが安すぎる。
この頃は家賃は安かったのか?
12: Mon Feb 20 00:18:40 2012
「こんなに稼いでるのにボロい借家に住んでいる」という話だと思うので、
家賃500円を、5万円とすると、月収2000万、毎晩20万円のカストリを飲む、
ということになる。

どうでもいいことだが、実際には太宰はカストリなぞ飲まなかったらしい。
この新聞記事を引用した安吾の文章自体でそのことに言及されている。

太宰はウィスキーが好きだったようだ。作中にもウィスキーを飲むというくだりが
よくでてくる。焼酎は酔い心地が悪かったようだ。
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