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雇用

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1: 2007/12/20(Thu) 01:33
ワーキングプアだのネットカフェ難民だの偽装請負だの非正規雇用だのが問題になっている。私が大学生の頃フリーターという言葉が流行っていた。当時はバブルがはじけたとはいえ多くの人がまだバブルとは何か不景気とは何かをわかっておらず、仕事もたくさんあって、フロムエーやanは分厚かった。私はアルバイトばかりして大学にまったくといっていいほど行かず、結局やめてしまった。いったん正社員にはなったが数年で辞めて、現在はフリーターといっていい身分である。
2: 2007/12/20(Thu) 01:36
しかしほどほどの給料をもらっている。たぶん同い年の正社員でも私より収入の低い人なんかザラだと思う。決して自慢できるような収入でもないが。ワンルームを借りて一人暮らしもできる。今は居候しているので家庭を持っている人に話したら怒られそうなくらい、遊びに金をつかっている。貯金など全くない。給料は全部きれいに使っている。
3: 2007/12/20(Thu) 01:38
親には心配をかけた。せっかく入った大学を辞めてしまうし、就職したかと思ったら辞めてしまう。派遣や業務委託で働いても1、2年もたつと辞めて家にこもってしまう。留学してみたらとか会社紹介してやろうかとか、願ってもないことを言ってもらったが、私はどうしてもそれらに対してうなずくことはできなかった。
4: 2007/12/20(Thu) 01:41
しかし、私は衣食住に不便を感じたことは全くといっていいほどなかった。何の不自由もなく育ったといってよい。大学を中退して職を転々とした、というと波乱万丈のようだが、生活はまったく順風満帆で、退屈すぎるくらいだった。
5: 2007/12/20(Thu) 01:44
バブルも、複合不況も、空白の10年も、みんなテレビや新聞の中だけの話。私の生活は何も変わらない。ドストエフスキー、芥川龍之介、志賀直哉、太宰治、三島由紀夫、BobDylan、The Who、尾崎豊、ジムジャームッシュ、スタンリーキューブリック、リングにかけろ、あしたのジョー・・・・・・・・・・どの世界にも景気とか経済とかいうものは無縁だった。
6: 2007/12/20(Thu) 01:46
これは私が恵まれていたとか変わり者だったとか超越していたとかいうことではない。みんなそうだったはずだ。家族や友達と過ごしているときに景気がどうのと言うことなど全く関係なかったはずだ。もし私が超越していたとするなら、実はある意味超越していたという自負はあるのだが、そういう世間の雰囲気を無視し続けられていたことである。
7: 2007/12/20(Thu) 01:50
不況、年金問題もそう、靖国もそう、自衛隊の派遣の件、円高、株安、ワーキングプア、みんなそれを騒ぎ立てることで金儲けする人たちのマッチポンプである。それらは確かに問題かもしれないが、むしろ、そういう問題があってそれに対してみんなが文句をいうことでストレス解消にさえなっている。食品会社のあいつぐ偽装の件もそうである。こっけいな記者会見を見て、みんな腹を抱えて笑っている。ああ、あの有名な老舗も偽装してるんだ、マックも、赤福も、みんないい加減なんじゃん、とほっとしているはずだ、みんな。
8: 2007/12/21(Fri) 04:36
私はワーキングプアとか失業とかニートの問題に関して楽観的である。今までしてきた仕事、職場では常に人がたりなかった。それは景気の波がどうこうというより、つまらなさに耐え切れず辞めてしまう人が多かったからだ。仕事の内容は誰でもできるようなものばかり。義務教育で十分。ITとかカッコつけてなんだかハイテクみたいなフリをしているが、大部分のconfigだのprogrammingだのに高等数学は必要ない。もちろんそういう知識が必須な仕事もあるし、そういう知識がないから誰でもできるような仕事をしているのだが、そういうカンタンな仕事をする人も必要だしこちらも低賃金で妥協しているのである。年金の掛け金も払えないとかマンガ喫茶で暮らすはめになるとか、少なくともそこまで酷い待遇ではない。しかし、マンガ喫茶で暮らさなきゃならない、税金も払えないなんて人の給料っていくらくらいなんだろう?たしか最低賃金って、東京で時給六百何十円だったと思う。その給料で1日8時間、週休二日で働くといくらになるだろう?160時間で700円としたら11万2千円である。1人暮らしは無理かな。でも、私は成人したら親元を離れて東京で1人暮らしをするのが当然のような風潮はおかしいと思う。20代の若者が1人で暮らしていいことなんか何もない。ジャンクフードばかり食べて都会の悪い遊びを覚えるだけだ。そのツケは30代40代になって肥満や病気になることで現れる。結婚するまで親元で暮らすべきだ。実家にすんでいるなら11万円でもやっていける。もっと少なくても。

求人と求職のマッチングさえ適切にされるならワーキングプアなど消滅する。それができたら誰も苦労しないのだろうが、職安はその機能を十分に果たしていないどころか、職安こそが適切な人と職のマッチングを妨げている。失業保険などいらない。失業保険ほしさに仕事をしない人がどれくらいいることか!
9: 2007/12/21(Fri) 04:37
解雇ってなかなかしてもらえない。2週間無断欠勤してもしてもらえなかった。復帰したら誰も怒る人などいずに大歓迎された。人徳とかいうハナシではない。ひとつわかったのは、自主退職だと失業手当が3ヶ月かな、もらえないこと。解雇だとすぐにもらえる。失業手当は雇用保険から補充されるんだから、企業が払うわけではないと思うんだけど、どうも企業は失業手当が払われるようにはしたくないように見える。めんどくさいのだろうか?それとも不当解雇だとか難癖つけられるのが怖いのだろうか。
10: 2007/12/21(Fri) 04:37
ネットで業務委託と社員どっちがいいかとか、派遣と業務委託の違いは何かなどの相談がよく載っているが、たいてい業務委託にメリットはないよ、雇う側が経費を削減したいだけだよ、という回答がついている。しかし実際に経験した立場から言わせてもらうと雇われる側にも業務委託にもメリットはある。正確には「雇われる」とはいえないそうなのだが。

まず一番のメリットは仕事をもらいやすいことである。正社員だったら最低2回は面接があるだろう。もう10年以上前の学歴やいままでの職歴、なんで辞めたかなどをしつこくきかれ、人間性まで試される。もはやビジネスとか契約とかの次元を超えている。卒業証明書、戸籍謄本、なんやかんやが必要。

しかし業務委託はそんなの必要ない。たいていの場合、実際に仕事をする職場(A)から別の会社(B)に業務委託されていて、さらにその会社と個人(Cさん)が業務委託契約を結ぶのである。A社はCさんを、B社の社員としてあつかう。これは雇用ではないから面接がいらないどころかしてはいけない。顔合わせとかいう名目で軽くやるだけである。B社とCさんの関係も業務委託で雇用ではないので、あまり面倒な面接はない。職歴・学歴もいちおう履歴書に書くがフーンという程度である。いざとなったら契約を切ればよい。雇用ではないから各種保険もなくてラクチンである。

こういうと普通の会社員の人はなんて恐ろしい契約だ、いつクビになるかわからないじゃないか、こんなの労働者の人権を無視している、などと驚くかもしれないが、実際業務委託契約が突然打ち切られることは、よっぽどのことがない限り、無い。そしてたとえある職場での仕事がなくなっても、次の仕事を回してくれるものだ。「もうお前なんかいらない、次の仕事?自分でさがせよ!」なんてことをされるのは、よっぽどいい加減な仕事をしていたか、客とケンカでもしない限りあり得ない。なぜなら、企業も業務委託といいながら実際は雇用した社員とほとんど変わらない扱いをしていることを自覚しているからである。弱みがあるからである。

もうひとつのメリットは、会社のしがらみから自由なことである。会社というものは特に日本ではある意味家族以上に親密な関係となり、仕事以外でもいろんな付き合いがある。飲み会に始まって社員旅行やら冠婚葬祭、上司の引越し手伝いなんて話もきく。こういう場合、業務委託の人はおもしろいように除外される。非常に気楽である。バイトを禁じる会社も多いと思うがもちろん自由である。働きたいだけ働ける。わたしも土日などはできればバイトをしたいくらいだが、もうトシがトシなので気軽に日雇いバイトもできなくなってきた。

それから、ひとつの会社にしばられないというメリット。つまり、辞めたくなったら辞められる、こんな会社に一生を捧げられないと思ったら辞められる事だ。突然契約を切るのは雇う側だけの権利じゃないんだぞ、という事である。とかく会社員というのは理不尽な事にしばられるものである。そうそう、言い忘れたが私は5年くらい正社員として勤務した経験もある。それとの比較で言っているのである。サラリーマンしか経験したこと無い人には派遣や業務委託で働くことの意味は絶対にわからない。社会経験のない学者は言うまでもない。

というわけでわたしのようなお気楽な幸せなギョウムイタッカーもいるということを知っていただきたい。体もどこも悪くないし毎日快食快便快眠であります。
11: 2007/12/28(Fri) 02:20
「成果主義」を批判しているコラムを読んだ。今までの日本は「職能主義」であったというのだ。能力がある人であれば結果がでなくても高い評価を得る。成果主義というのは逆に能力がなくても結果が出れば評価があがるのだ。結果以外にどうやって能力を測るのか、いかに結果を出すかが能力ではないか、というのが成果主義の根拠であった。カイシャにおいての成果というのは儲かることである。しかし組織による儲けが誰のおかげか、という見極めは非常に難しい。儲けることそのものよりも難しいかもしれない。それだけでひと仕事だ。特に日本の会社の仕事は各自の責任も仕事の内容もそんなに差がなくて、個人の裁量が関与しにくい仕事の仕方だった。だから、年功序列で給与も勤続年数につれてあがっていっても成り立っていた。
12: 08/04/27(Sun) 16:39
私は以前、転職のために受けた面接で、外人の面接を受けたことがある。それも、プロレスラーのような巨体の黒人である。
その中のやりとりのひとつ。
面接官: Are you creative?
私:... I think I am.
面接官: Are you or not?
私: ...I am creative.

「あなたはクリエイティブですか」日本語できくなら「あなたには創造性がありますか」というところだろうか。
私は「まあまああるほうじゃないかと思う」くらいに言いたかったのだが、うまくいえなかった。
まあ、だからって否定するのもなんだから、基本的に自分を悪く言うのはしたくないので、I am creative.
と断言したわけだが、これは実際に自分で言ってみると、ものすごく恥ずかしいというか照れるというか、
勇気の要ることである。


13: 08/11/26(Wed) 21:39
私は最初に勤めた会社を辞めた時からずっと、起業をしたいという漠然としたあこがれはあった。
それは「金儲けをしたい、一発当てたい」というよりも「雇われるのではなく自分の裁量で、自分のやりたい仕事を自分のやり方でやりたい」という理由の方が強かった。

私は個性が強いというか、協調性がないというか、思考法が他人と違うというか、とにかく会社勤めをしていて、自分の力がうまく発揮できず、また他人の力も自分によって生かされなくなっている、ということを痛切に感じていた。
会社勤めをしていたときの仕事はくだらなくて、やっつけのようなものばかりで、努力も創意工夫もいらずひたすら退屈を我慢することだけが求められていた。

しかし、私一人で仕事をとってこれるか。

一人の人間に対して月に20万円の給与を与えるような仕事さえ、とうていとってこれる気がしない。
14: 08/11/26(Wed) 21:39
人が会社を作るのは、以下のいずれかのパターンがほとんどだろう。
というか、このどちらしかないと思っていた。

1.勤めていた会社で経験をつみ、人脈を作り、貯金もして、一人でもやっていける力をつけた。

2.発明、またはベストセラーとなる創作品を作って、印税などが大量に入ってきて、一人では需要にこたえられないので人を雇って大規模に生産する。

しかし、これらは宝くじにあたるのを待つくらいに難しいことである。


「創業支援」という、起業する人に対して融資をおこなう制度がある。

融資を受けるためのいくつかの条件があって、そのひとつに「雇用を創出する事業であること」というのがある。

必須ではないが、この条件を満たせば融資が受けられる。

「雇用を創出する」というのは、簡単にいうと「一人でやるのではなく人を雇って事業をおこなう」ということである。それだけ規模が大きい事業を起こそうとしている、ということである。

しかし、「雇用」というのはたんに「人を使う」という事ではない。
「雇用する」には社会保険に加入する必要がある。
15: 08/11/26(Wed) 21:41
最近、「非正規雇用」の増加が問題視されている。そしてその理由は、「非正規雇用者は賃金が低い」のが理由だというが、これは本当だろうか?
私もそうなのだが、最近増えているのは「実質は雇用なのに契約は請負」という人たちである。この人たちの賃金は正社員とあまり変わらないか、多いことさえある。そもそも、雇用保険も社会保険もないのだから、正社員より高くなければやるメリットがないのだ。
この場合、正社員と非正規雇用者の差は、社会保険料を含む福利厚生費の差となる。そしてこの差は実感されにくい。雇用保険は失業しなければ社員にメリットはないし、非正規雇用者も仕事を続けていればデメリットはない。退職金は当然、退職するまで実感できない。社会保険と年金は、非正規雇用者にも国民健保と国民年金加入は義務付けられている。国民年金と厚生年金の差も、年金受給が始まるまで実感されない。
16: 08/11/26(Wed) 21:42
そうなったときに、非正規雇用者と正規雇用者の消費性向はどのようになるだろうか?将来が不安な非正規雇用者はより多く貯蓄をするだろうか?正社員は大いに消費するだろうか?

正確な調査をしたわけではなくなんの根拠もないのだが、私は正規雇用者のほうが消費性向は低いのではないかと見ている。今の時代に正社員になっているような人は堅実な人で、将来の不安なども感じやすい人たちである。一方非正規雇用者は後先考えない人が多く、将来のためのたくわえなどせずに浪費して無謀な借金をしたりする。それがバブル崩壊後に日本の経済がどん底まで落ちずに支えられた理由である・・・というのは俺の願望に近い思い込みであるが、そういう傾向はあると思う。
17: 08/11/26(Wed) 21:42
そもそもなぜ企業が正社員を減らして非正規雇用者を増やしているかというと、その方が儲かる、つまり、正社員がたくさん給料をおもらえるからである。
非正規雇用者つまり賃金の低い人が増え、賃金の高い正規雇用者が減るが、消費者全体にわたる金額、つまり、消費に回るべき金額はほとんど変わらないはずだ。
あとはもう、心理学である。一部の金持ちが持っているカネと、あんまりカネがない人たちが持っているカネの、どちらが消費にまわりやすいか。そしてどちらが社会にカネを循環させるか。
18: 08/11/26(Wed) 21:43
この状況が極端になると、金持ちは高級外車に乗り、貧乏人は車を持つことさえしなくなるだろう。金持ちひとりがが1000万円の高級外車を買うのと、貧乏人10万人が100円のパンをひとつずつ買うのとでは、どちらが経済を活性化させるだろうか?・・・
まあいい、私がいいたいのは非正規社員の増加は富の分配が偏るだけであって全体としての日本経済への影響はそれほどないんじゃないか、ということである。

そして、このように「日本経済」全体がどうなるかなんて、個人には全く関係ないのであり、誰だって自分がそこそこの生活を出来ない限りは日本経済もヘッタクレもないのであるから、議論してもムダである。「日経平均株価」とかも同様。

誰もがみな幸福になりある程度幸せになれるような社会、それを作ろうとして破綻したのが共産主義であることは思い知ったはずなのに。

というわけで「雇用の創出」は結構だけど、そんなに「雇用」にこだわらなくてもよい。請負だろうがバイトだろうが、たくさん稼げれば、それでいいのだ。
19: 08/11/29(Sat) 00:57
正規雇用と非正規雇用の差は、本当は社会保険、退職金、福利厚生の差だけであるはずだ。
そして、そのリスクを高めの給料を支払うことで、人を集める。
給料が同じで正社員より待遇が悪かったらみな正社員になるからだ。
しかし、現在は正社員になりたくてもなれないために、正社員より待遇が悪い上に給与が安くても非正規雇用に甘んじなければならない人たちが増えた。それらの人々がワーキングプアとかネットカフェ難民とか言われており、そのような冷遇で働く気力をなくしたものがニートとなっている。ニートとただの失業者の違いは働く意志の有無である。だが、ニートが働く意志を失ったのはただなまけものだったからではない。就職が困難でたとえ働いたとしても給与も安く仕事も単調なつまらない仕事ばかりだからである。ニートとは、失業のひとつのゆがんだ形にすぎない。最終的に求職をしないという選択をしたとしても、そのような選択をするしかない境遇に追いやられたのは、普通の失業者となんら変わらないのである。
ニートのもうひとつの条件は若年であることである。一般に、「35歳までの求職をせず就職のための訓練や教育も受けない者」をニートと言うようである。
しかしこの「35歳」というのは目安にすぎない。だいたいそれくらいの年代から、就職が困難になっている、ということであって、この年齢は今後変化していくだろう。
ニートが出現した根本の原因は終身雇用制度である。実力主義や成果主義が終身雇用制度を崩壊させる、またはさせた、という話を聞くが、実際は不景気でも終身雇用制度を維持するために新入社員の採用を減らした。終身雇用制度の崩壊を防ぐために、ニートが生まれた。一部の人間の雇用を終身にするために、一部の人間を全く雇用しないことを選んだ。終身雇用は維持されたが、「終身雇用されない」人間が生まれた。これは本末転倒である。しかし、ここで救いというか、因果応報というか、皮肉なことは、そうやって終身雇用をまもられた比較的高齢の被雇用者が、非雇用者であるニートであるわが子を養っているということである。ここで雇用の問題はうまく相互にほかんされてしまっているのだ。

20: 08/12/09(Tue) 19:54
圧迫面接

私は経験はないが、そういうものがあるらしい。
返答に困るような質問にどう答えるか、
感情的な言葉を浴びせられたときに冷静でいられるか、
などを見るためにするらしいが、
私はこんなことをしないとその人を評価できない人は
面接官の資格がないと思う。

だいたい面接なんか最初からタテマエしか言わないのである。
そこでいくら耐えたからって、それは「これは面接だから怒っちゃいけない」
と考えて我慢しているだけである。
そこで試せるのはせいぜいが、その人がどれほどなりふり構わずにその会社にしがみつくかという必死さくらいである。

会社につなぎとめるのにそのような低次元な必死さを必要とするようでは、
その会社が如何に魅力がないかということを公言しているようなものだ。
ムチャな圧迫面接をしてその社のイメージを悪くしたら、などとは考えないのだろうか?
採用されなかったらその会社の顧客になるかもしれないのに・・・

私には圧迫面接というのは、会社と社員の気持ち悪い密着に耐えられるかという
適正検査ではないかと思う。

私は今までに面接を10回くらいかな、受けているが、
これは圧迫面接だ、と感じた面接は一度もない。

ただ、一度だけ、「私がこのような質問をするのはあなたが困ったときにどのように考えるかを知りたかったからだ」と、その場で言われたことがある。
ちなみにその人は日本人ではない。英語をしゃべる、身長が2mくらいある、プロレスラーのような黒人である。

私は圧迫などされなくても面接では緊張しまくるのだが、
その面接官が入ってきたときは、あまりに予想外すぎて逆に緊張しなかった。
彼とはなかなか話がはずんだということでもないが、うまく話せて、
一時面接は通った。

しかし二次面接で落ちてしまった。

惜しかったな・・・

ああいう感じで何社か受けていれば、受かったかもしれない・・・
21: 08/12/27(Sat) 11:56
私は大学を中退、しかもほとんど単位を何も取っていないので、実質高卒である。
たいていの企業は大卒もしくは専門卒を条件にしているので、その時点で就職先が大幅に限定される。
中には有名企業でも学歴不問のところもあるが、競争率を考えると明らかに不利で、自分の気力がそこで萎える。
そういうわけでいまや請負契約でキュウキュウいいながら仕事をしているわけである。

しかし、だからといって大学を卒業していれば、最初に入った会社にずっと勤めていれば、ということは本質的な問題ではない。
結果的には大学を辞めたことは私の生活において間違いなく悪影響を与えて苦労することになった。
しかし、それは別に勉強をサボったわけではない。むしろ、人並み以上に勉強をしてそこそこの大学に入った。
そのままおとなしくしていれば卒業してそこそこの会社に就職できたであろう。

しかし、私はそこそこの生活に満足できなかった。
私はエスカレーターに乗るような、動く歩道に乗るような人生がいやだった。
私はずっと、そういう自分の足を使わずに歩いていく目的地がなんなのかがさっぱりわからなかった。
だから、わたしはエスカレーターを降りた。

自分の足で歩いた。周りの人はエスカレーターに乗って先に行ってしまい、誰もいなくなった。
ひとりでとぼとぼと、誰もいない道を歩いて、道端の雑草や小さな虫を見つけて喜ぶような人生を歩んできた。

別に、努力を怠ったわけではない。むしろ、人一倍努力をしたくらいだ。
だから、やましさはない。くやしさや妬ましさは正直言ってあるが、
やましさはない。ふわふわした恥ずかしさもない。

だから、逆に学歴や会社のブランドを利用して世の中を渡っている奴を見ると憎たらしい。
22: 08/12/27(Sat) 12:05
そして同じくらい許せないのは、自分のような連中が、不遇を社会のせいにすること。たとえば派遣切りがどうとか、学歴で差別をするなとかいうことである。
私は学歴があったほうが有利であることは百も承知していた。
それが完璧なシステムではないにしても、ある程度機能しているのは間違いない。
どんな制度にだって弊害は多少なりともあるだろう。

私は、自分の行動が、現状の制度においては自分に不利な結果をもたらすことは承知していた。
しかし、私はどうしても、耐えられなかったのである。
何に耐えられなかったのかは自分でもよくわからないが、簡単にいうと、目的が見えなかった。なんとなく目の前に流れてくるものをさばいていれば時は過ぎて日が暮れて夜が明けてということが繰り返されていって、生きていくことはできる。
23: 08/12/27(Sat) 12:10
わたしと一緒に仕事をしていたA君は大学をでて会社に入った。
大学も会社もそんなたいした所ではないのだが、
彼は何かにつけ自分が大学を出たことを鼻にかける。
その会社には大卒が少ないのだ。

自分は授業料を払って勉強して大学を卒業したのだから高い給料をもらうのは当然だ、というのである。
また、景気が悪くなったときに安定して雇用されて給料をもらえるのも、当然のことだと。
24: 08/12/27(Sat) 12:15
そういう人はサラリーマンとして大企業で働くのが向いているのだろう。
ポリシーも理想も持たず、上司に服従して与えられた仕事をたんたんとこなしていく。
彼らは、「議論」「調整」などと言ってあーだこーだとやっているが、結局は組織の上位の決定に従うのみである。その決定がどういうことなのかをみんなで確認しているだけなのである。

断言しよう、サラリーマンには自分の判断など必要ない。会社の名前で流れてくる仕事を横にあるいは下に流していくだけである。
それをいかにも自分が考えて悩んで決断したかのように振舞っているが、すべては出来レースなのである。
25: 09/07/08(Wed) 23:49
景気は底を打ったという新聞の見出しをよく見るようになった。
しかし雇用に関しては相変わらずで、悪化したかのような印象さえある。
これは、利益確保のために人を切っているためである。
景気の指標となる数値は、そのようにして無理やり帳尻をあわされたものが多いだろう。
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