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葬式考

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1: Fri Feb 15 19:05:11 2013
最近、葬式をやらない人が増えている。やっても親族だけの密葬。その代わり「お別れの会」などというものを開催する人が多い。
2: Fri Feb 15 19:11:53 2013
私の父が死んだ時は、普通に葬式をした。病院で亡くなると遺体を安置する場所に移動するのだが、そこにもう葬儀社の人がいた。遺体はすぐに自宅に運ばれて通夜までそこに寝かされる。祭壇が準備され、線香をたく。本来は寝ずに遺体を見守るべきなのだが、蚊取り線香のように渦を巻いた長時間もつ線香も準備されていたので、家族は夜を明かすことなく寝た。
3: Fri Feb 15 19:16:34 2013
遺体を自宅に運び終わると、葬儀社の人と家族と親戚を含めた遺族でどのような通夜・葬儀にするかを決める。葬儀社の人がいろいろなパターンをアルバムのようなもので示してくれるがどれもなかなかの値段である。なるべく質素にしたつもりだったが、結果的に数百万円かかった。仕事を辞めてそんなに経っていなかったのでその関係の人たちがかなり参列したので、葬儀の費用と香典返しと香典でほぼ相殺された。
4: Fri Feb 15 19:19:24 2013
お墓も建てた。父は男兄弟の中で一番末なので、本家のお墓には入れない。お墓もそこそこのものでいいと思ったが、あまり安いものにすることもできず、墓地は狭いが石は比較的高価なものを選んだ。
5: Fri Feb 15 19:21:55 2013
葬儀が終わって火葬場で焼いて骨にする。骨壷を父の書斎にしつらえた祭壇に置いておく。葬儀が終わっても、初七日、四十九日、一周忌と法要が続く。我が家は浄土真宗のしきたりでそれらをおこなった。
6: Fri Feb 15 19:24:29 2013
真宗の僧侶は白いホンダの車を自分で運転してやってきた。車名はわからないが、2000~3000ccクラスのけっこうな高級車である。葬儀で経をとなえた僧侶である。その僧侶には、真宗で戒名にあたる法名もつけてもらい、その名を墓石に刻んだ。
7: Fri Feb 15 19:26:26 2013
一周忌までは普段会うこともない親戚も呼んで食事をしたりするのでちょっとしたイベントである。法事のときの食事というのはちょっとした宴会である。
8: Fri Feb 15 19:28:25 2013
納骨は一周忌のときにしたのかな。一周忌が終わるとようやくひと段落する。いろいろめんどくさく、合理的に考えたらやらなくてもいいようなことばかりであるが、そうも言えずに「ベタな」葬式、法要などをやった。
9: Fri Feb 15 19:31:26 2013
その後は訃報を見聞きすると、死因とか、喪主とか、葬儀をどうするなどを見る。ほとんどが、「葬儀は親族のみの密葬」である。
10: Fri Feb 15 19:33:44 2013
そうなったのには、いくつかの理由がある。まず第一には、葬儀の費用が高すぎること。第二に、寿命がのびて、亡くなったときには既に退職してから年月が経過していて、社会的な付き合いが減っている場合が多いこと。そして、現代の人々がほとんど、死んだら人は無になると思うようになったこと。
11: Fri Feb 15 19:41:12 2013
葬式は誰のためにやるのか。まずは、死者のため。次には、遺族のため。そして次には、死者と親しいもののため。死者が「葬式不要」と遺言したからといって葬式をしないだろうか。子、親、兄弟、親戚であったら、亡くなったらかけつけなければと思うだろう。友人だったら、なにがあってもかけつけるだろう。仕事上のつきあいのあった人であっても、せめて焼香して気持ちほどだが香典を持っていかねばなるまいと思うだろう。ところが、現在ではそのような死者とさまざまな人々との別れの場である通夜・葬儀というものを内輪、つまり親族内で完結させるということが非常に多くなっている。
12: Fri Feb 15 19:42:50 2013
親族は死者ともっとも深い関係にあるものかもしれないが、だからといってその他の人々が死者と別れる機会を、死者との関係に区切りをつける機会を奪う資格があるのだろうか?
13: Fri Feb 15 19:47:58 2013
先日、NHKテレビで火葬場がなくて困っているということが放送されていた。しかしそれは、安く済む市営だかなんだかの火葬場をまっているからであった。つまりそれは、火葬場が足りないのではなく、火葬に費用がかかること、そしてその費用を出すことを人々が拒んでいる、ということである。
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