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probability

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1: Sat Mar 19 10:22:08 2011
今朝目覚めるとき、確率なんてものは存在しない、とあらためて気づいた。
「確からしさ」なんてものは存在しない。

たとえばさいころで1の目が出る確率は1/6というが、6回さいころを振ったら必ず1が出るというわけではない。
2: Sat Mar 19 10:31:05 2011
それは「確からしさ」ではなくて、さいころの材質の均一さ、各辺の長さが同一であること、形がくずれたりゆがんだりしないこと、などからくる必然的な事象なのである。
3: Sat Mar 19 10:35:11 2011
たとえば「原子炉が爆発する可能性」などということが言われる。
「五分五分」「まずありえないが全くないとも言えない」「おそらくない」「絶対にない」など。

多分、「『絶対』なんてありえない」と、多くの人が考えるだろう。
でもわたしは、「絶対」がないということは「80%の確率で起こる」ということがないというのと同じことだと思うのだ。

絶対がないなら、80%もない。

4: Sat Mar 19 10:36:26 2011
「真実などない」と、言いたくもなるが、それもよく思うが、それとはまた違う話である。
5: Sat Mar 19 10:59:28 2011
今日本では、「可能性がある」という言葉が広い意味で使われている。
「この男が犯人である可能性がある」「彼が生きている可能性はほぼゼロに近い」「優勝確率は60%」
「降水確率」なんてのもある。

厳密にいうと確率というのは、さいころの目のようなものについて使うのであり、
つまり600回試行したら大体100回くらい1の目が出る、というものである。

ある男が犯人かどうか、彼が生きているかどうか、優勝するかどうか、雨が降るかどうか、
というのは複数回の試行をしてそのうちどれくらい、というようなものではない。
優勝も雨も、そういう統計をとることはあるだろうが、普通言われる「今年巨人が優勝する確率は」とか
「明日の降水確率」というときはそういう意味ではない。
6: Sat Mar 19 11:03:05 2011
このことを考えたのは、原発事故に関するいろんな意見をきいたからである。
特に、「possibleではあるがprobableではない」という言葉があった。

先ほど私があげた例のような場合は「蓋然性」というのが正確らしいが、
今、日常会話で「蓋然性」などという言葉を使ったら、「なんだコイツ」という目で見られるだろう。
7: Sat Mar 19 11:04:48 2011
また、possibleだがprobableではない、なんて、もはや言葉遊びである。
「まず起こらないだろう」でいいじゃないか。
8: Sat Mar 19 11:06:51 2011
「『まず起こらない』じゃ主観的だからもっと具体的な数字を示してください、どれくらいの確率なんですか?」
という人がいるかもしれない。

私はそういう人々に対して、「確率なんてものはこの世に存在しないんだよ」と言いたくてたまらないのである。
少なくとも、「未来に起こることを予測するようなものではない」と。
9: Sat Mar 19 11:09:25 2011
「90%の確率で雨が降る」といわれたら、100人中90人ではなく、100人が傘を持っていくだろう。
「このジェットコースターに乗って無事に帰ってこれる確率は90%」だったら営業できないだろう。
宝くじで一等があたる確率は1000万分の1とからしいが、それでも一等があたるかもと買う人がいる。
10: Sat Mar 19 11:14:15 2011
「犯人である確率が高い」という言い方は私もNHKのニュースできいて違和感を感じた。
まるでその人がこれから犯人になったりならなかったりするかのようだ。

11: Sat Mar 19 11:16:55 2011
だんだん言いたいことからそれてきた。

本当に言いたいことはこんなことではない。可能性と蓋然性の違いなどではない。

今朝、夢を見ていたのだ。
私はアナウンサーというかジャーナリストというか、そういう若い男性が話しているのを見ていた。
彼が、「今このときに必ず何かしらの事が起きている(正確には覚えていない)」と言った。
私はそれに同意しかけて、いや違う、と考え直した。
12: Sat Mar 19 20:07:34 2011
「この男が犯人である確率」というのを、厳密ないみの「確率」で言うとするなら、以下のような場合だ。

ある島に、犯人が逃げ込んだ。それは信頼できる情報だとする。
その島には1000万人の人間が住んでいて、男女が半々である。これも確かだとする。

そのときに、その島の住民であるあなたが、ある場所で出会った男が犯人であるかどうか、
それは確率で表現できる。

1 / (5000001 - 1) 、五万分の1である。

確率は5万分の一、どんなに怪しい風貌だろうが、目つきが悪かろうが、スーツを着ていようがジーパンを着ていようが関係ないし、そういうことに左右されないのが確率である。
13: Sat Mar 19 20:10:03 2011
これはあなたが男の場合である。あなたが女だったら、確率は1/5000001にあがる。
確率はそういうことによって変わるのである。
14: Sat Mar 19 20:10:12 2011
さがるのか。
15: Sat Mar 19 20:13:36 2011
だから、確率というのは統計的な意味しか持たない。

アインシュタインが「神様はさいころ遊びをしない」といった。

シュレーディンガーの猫という話があって、詳しいことは忘れたが、ある物質が崩壊だかなんかする確率が50%の場合、猫は50%の確率で生きているというが猫は生きているか死んでいるかであり50%の確率で生きているなんてことはない、という。

16: Sat Mar 19 20:24:51 2011
よく言われるしわかりやすいので「犯人である確率」を使って話をすすめよう。

ある男が犯人であるカクリツ(いわゆるという意味でカタカナにする)が高まるのはどういう場合か。
まず、アリバイがない。犯行がおきたときに彼がどこにいたかが定かでない。
カネに困っていたのに急にカネ使いが荒くなった。引っ越した。前科がある。などである。

そのような事実の積み重ねが、彼が犯人であると強く思わせるというのは正しくて、そこで「確率は常に一定」などというほうがバカモノである。


17: Sat Mar 19 20:27:52 2011
だんだん見えてきた。
つまり、厳密な意味での確率というものは確かに存在する。
さきほどの100万人の島民の中に犯人がまぎれこんだ場合などである。
いっぽう、アリバイとか彼の生活ぶりなどから判断される「蓋然性」。
この二つをくらべてみて、「確率なんかどうでもいい」と思わないだろうか。
せいぜい、島民の中に犯人がいる、というくらいの意味しかないのである。
18: Sat Mar 19 20:29:13 2011
でも、蓋然性も確率もprobabilityなんだよな。
19: Sat Mar 19 20:31:15 2011
私の持っている小さな英英辞典を引いてみよう。

probable
likely to happen or prove true

possible
that can be done; that can exist or happen. ...

20: Sat Mar 19 20:34:07 2011
「さいころで1の目が出る」という事象と、「彼が犯人である」という事象は、同じようには論じられないということだ。

ある部屋に外へ出るドアが三つあったとしたら、住人がそのうちのひとつのドアを開ける確率は1/3だろうか。
違う。一番目的地に近いドアを必ず開けるのである。
21: Sat Mar 19 20:56:17 2011
そうだ、確率というのは、あるものごとの起こりやすさを示すものだ。
蓋然性というのは、確率も含めて、それが起こるかどうかの人の判断を言う。
だから、確率だけ示してもダメなのだ。
22: Sat Mar 19 20:56:44 2011
確率も含めたいろんな状況からの、判断。
23: Sat Mar 19 21:00:33 2011
これは昔パチンコをよくやっていたときに考えたことなのだが、
確率はそれまでの事象に左右されないということがどうしても信じられなかった。
たとえば、朝10時から夜7時まで一回も大当たりしていない台と、すでに30回大当たりしている台があったら、どう考えても一回も当たってない台のほうが当たりやすいんじゃないかと思う。
もちろん、裏で操作しているとかはないという前提で。どちらの台も同じくらい回っているという前提で。
24: Tue Mar 22 21:33:59 2011
「犯人である可能性」だね、ニュースで言うのは。確率ではない。

可能性=possibility
蓋然性(確率)= probability


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