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麻雀は運か

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1: Wed Mar 20 18:33:07 2013
私はあまり麻雀をしない。若い頃遊びでちょっとやったり、インターネットやパソコンのゲームでたまにやる程度の初心者である。ある時、職場の後輩と麻雀の話をしていて、私が「麻雀なんて、結局『運』じゃん。」というと麻雀好きのその後輩は「そうじゃないのに・・・」と言ったが話は続かなかった。
2: Wed Mar 20 18:36:13 2013
麻雀をよくやる人、「強い人」は皆「運ではない、技術だ」と言う。確かに、よく勝つ人とよく負ける人がいるのを持って生まれた運の強弱と考えるのは無理があり、技術の有無と考えるほうが自然である。強い人の打ち方を見ていると確固たるセオリーを持っておりそれに従わない私のような打ち方を見ると笑ったりあきれたり、怒ったりさえする。
3: Wed Mar 20 18:38:29 2013
最近ひさしぶりに、といってもやはりゲームであるが、麻雀をやって、改めて「麻雀は運なのか」と考えてひとつ気づいたことがある。それは、麻雀が運である、つまり勝敗が運つまり偶然で決定されるか否かという見解のわかれめになるのは、麻雀とはどういうゲームであるかと考えているかによるのではないだろうか。
4: Wed Mar 20 18:43:46 2013
麻雀とはどんなゲームか。「牌を組み合わせてより得点の高い手を作るゲーム」。これは私の考えである。また、そう考えている人は多く、これがすべてではないが基本的には間違っていないだろう。だが、私は最近気づいたのだ。麻雀とはそのようなゲームではない。もし私が考えているように、単により高い得点の手をつくり、それを競い合うだけのゲームであったら、麻雀はトランプの一人占いのような運に支配されたゲームであるといってよいだろう。しかし、実際の麻雀は局数が限られ、親と子なるものが存在している。リーチ、ドラなどの役以外に点数が高くなる要素がある。
5: Wed Mar 20 18:45:46 2013
手がめちゃくちゃであっても、誰かの上がりに誰かが振り込んだら無傷である。チュウレンポウトウを聴牌しているひとと、ピンフの聴牌にも至っていない人の手をくらべたら前者の方がよくやったとみなされるだろう。だが、実際の麻雀においては、いくら難しい手を目指しそれに近づいてもあがらなければ無意味なのである。
6: Wed Mar 20 18:50:22 2013
つまり、麻雀とはより高得点の、すなわちより難しい役を目指して競い合うものではない。むしろそのような姿勢は初心者にありがちな典型的な負けるタイプの打ち方だと戒められるくらいである。では、麻雀とはどのようなゲームなのか。先ほどの私の定義が間違っているなら、一言で言って、どのようなゲームなのか。わたしはしばらく考えたすえ、麻雀は競馬と同じような、「誰が勝つかを予想しそれに賭けるゲーム」なのではないだろうかと思いついた。
7: Wed Mar 20 18:54:04 2013
私は競馬に関しては全然興味がなく、2回くらい馬券を買ったことがあるが何があんなに人を熱狂させるのかがわからない。単にカネを儲けたいだけならもっと気軽にできる遊びがあるし、スポーツとして馬のレースを楽しむなら賭ける必要はないが競馬が好きな人はあの馬がどう、あの騎手がどうという話を熱っぽくするが同時に必ず賭けている。あれは間違いなくギャンブルで、熱狂している人は間違いなく一発当てたくてやっているのである。と私は見ている。
8: Wed Mar 20 18:57:37 2013
競馬をやっている人、騎手や調教師などではなく、レース場へ行って馬券を買っている人については、「競馬で勝つのは技術による」という人はいるかもしれないが少ないだろう。競馬をよくやる人がたまに大穴を当てたときに、「でも今までさんざん負けてるからね」というのはよく聞く話で、競馬で大金持ちになったという話はほとんどきいたことがない。
9: Wed Mar 20 19:32:06 2013
麻雀で勝つには、得点状況、誰が親か、ドラは何か、捨て牌から予想される他者の手配の状況はどうか、などを考えることが必要であり、それらによって自分の手は大きく制限される。そして、強いものとはその制限を受け入れられる者である。自分の手に酔ったり、あるいは全く見込みのないときに強引に大きい手を狙っていくなどのことをしない。私は、そういうことを聞くと、やっぱり麻雀は運のゲームだ、技術ではない、と思う。もし技術があるとするなら、そのような状況判断能力のことである。
10: Wed Mar 20 20:13:39 2013
さて、ウェブである人の麻雀についての話を読んでいたら、刻子と順子では順子のほうが作りやすいということを述べていて、それはいいのだがその根拠として説明している数字が間違っているような気がしたのでここで整理しておく。刻子を作るには全部で136枚ある牌の中で4枚しかないものを3枚使い、順子は12枚あるもののなから3枚使うのだから順子の方が作りやすいだろうというのは当然のように思える。しかし刻子は誰が捨てても鳴けるのに対し順子は上家が捨てたものしか鳴けないからその点も考慮しないといけない。
11: Wed Mar 20 20:16:06 2013
136枚の牌を伏せて、一人で一枚ずつ取っていき、捨てずにとっておいて、同じ牌が3枚そろうのと、連続した3つの牌ができるのと、確率的にはどちらが高いのかを考えてみる。
12: Wed Mar 20 20:20:12 2013
すべての牌は同じものが4枚ずつあるから、1回取ったときにある牌を取る確率は4/136=1/34である。同じ牌を3個取るまでに必要な回数はどれくらいか・・・。どうやって計算するんだろう。
13: Wed Mar 20 20:41:46 2013
ある牌を取る確率が1/34だから、それ以外の牌を取る確率が33/34。2回連続して同じ牌を取る確率は1/34*1/34で、約0.000865つまり0.08%。そんなに低いか。

10回引いても一回も取らない確率は、(33/34)^10 = 0.74。74%。かなり高い。
14: Wed Mar 20 20:44:43 2013
100回引いても一枚も取らない確率は5パーセントになる。

100回引いたときに1枚だけ取る確率は、1/34*(33/34)^99 ≒ 0.015 1.5パーセント。

じゃあ、2枚取る確率は?
15: Wed Mar 20 20:47:05 2013
いや、この計算の仕方は不正確だな。

ある種類の牌が4枚しかないことを考慮していない。
100回引いたときに、ある牌を4枚全部引いたらもうその牌を引く確率はゼロだから・・・
16: Wed Mar 20 20:54:50 2013
10回引いて一回も出ない確率をもう一度。
ある牌を引かない確率は各回において以下のようになる。

1: 132/136
2: 131/135
3: 130/134
4: 129/133
5: 128/132
6: 127/131
7: 126/130
8: 125/129
9: 124/128
10: 123/127

全部かけると 約0.73、73%である。
17: Wed Mar 20 21:38:19 2013
136枚のなかから1枚選ぶパターンは136。
では2枚選ぶパターンはいくつか?

136C2、エクセル関数で combin(136,2)で計算できて、9180通りである。

10枚の場合、425067659180736通り。100枚の場合、1.05397108236804E+33通り。

とてつもない数だ。これが分母になる。

では分子は?


18: Wed Mar 20 21:47:09 2013
自分で考えるのは降参。下記サイトを参考にした。
http://www10.plala.or.jp/rascalhp/mjmath.htm#13

10枚取って、そのうち3枚が特定の牌である確率pは、

p = combin(4,3) * combin(132,7) / combin(136,10)

約0.1%でした。
100枚にすると42%。

これは「ある特定の牌がアンコになる確率」である。「アンコがひとつできる確率」ではない。
19: Wed Mar 20 22:01:43 2013
120枚にしたら確率が下がった・・・。

なんか間違えてるな・・・。
20: Thu Mar 21 00:44:49 2013
combination(100,x) を、xが1から100まで変化したときのグラフをエクセルで描かせてみたら、
真ん中が尖がった左右対称のグラフになった。
予想外であったが、
100枚の牌から100枚選ぶ組み合わせの数はひとつしかないから、当然である。

でも、なんとなく釈然としない。

50枚選ぶ組み合わせの数が一番多く、そこをピークにしてそれ以上増やすと減っていくのである。

21: Thu Mar 21 01:15:57 2013
ずいぶん話がそれてしまった。
そもそもは、刻子と順子のどっちが作りやすいのかという話だった。

だが、「10枚取ったときにアンコができる確率」さえ計算できないのでそれどころではない。

22: Mon Mar 25 07:53:11 2013
「順子は12枚使える」と言ったが、連続していなければならないので12枚ではない。刻子が「4枚のうち3枚」というのであれば、順子もある特定の牌ひとつについて考えねばならない。そうすると牌によって変わってくる。1,9は自分以外に使える牌は2種類しかない。2,8は3種類。それ以外は4種類である。
23: Mon Mar 25 07:55:21 2013
ある一枚の牌を考えたときに、刻子をつくるために必要な牌はあと3枚しかない。順子の場合、一番少ない1,9の場合でも8枚ある。あとは、刻子は誰が捨てても鳴けるのに対し、順子は上家からしか鳴けないということがあるが、この要素はどれくらいの影響があるだろうか。捨て牌だけを考えれば刻子の方が3倍の確率である。
24: Mon Mar 25 08:00:44 2013
1局打って流局する場合、全ツモ数はいくつになるのか。14枚残し、配牌で13枚ずつ配られるから、136-66=70枚を4人でツモる。途中で鳴きがなかった場合だと、東家と南家が18回でその他が17回か。ツモ数と同じだけ捨てるから、1局打つ場合に利用できる牌の数は、東家で考えると、ツモ18枚、捨て牌が18+17+17枚の合計70枚。
25: Mon Mar 25 08:05:38 2013
順子の場合、捨て牌は上家だけだから35枚、刻子の場合は70枚と2倍になる。配牌で1枚しかない牌があって、その牌が面子となるまでに必要な牌と使える牌の数はいくつか。順子は一番すくない1,9で考える。
26: Mon Mar 25 08:11:35 2013
刻子は、残り3枚あって、チャンスは70回。1または9の順子は、残り8枚あって、チャンスは35回。

チャンスが倍だが、必要な数が半分以下なのでこれでも順子がまだ有利である。

だが、ここで考慮されていないのは、他家が利用してしまうことである。面子になる確率が高ければ、他家が使う確率も高い。


27: Mon Mar 25 08:18:20 2013
「刻子より順子の方が作りやすい」ということは当たり前のように考えられているが、私は厳密に考えるとそれほどの差はないように思う。

たとえば、「対子と両面待ちの順子では対子は残り2枚に対し順子は残り8枚と4倍も多い」という例が挙げられることがあるが、このことから「トイツより順子の方が4倍作りやすい」とはいえない。
28: Mon Mar 25 08:22:29 2013
順子には、読まれやすいというデメリットもある。私の少ない経験でも、きれいなピンフの三面待ちなどが意外にあがりにくいという印象がある。
29: Tue Mar 26 15:19:03 2013
麻雀における運や確率を考えていてもうひとつ気づいたことがある。それは、「役の難しさと得点のバランス」のことである。難しい役ほど得点が高いが、その比率は確率などから厳密に計算されたものではない。だから、同じ翻数つまり得点であれば同じ確率つまり難易度であるわけではない。たとえば、あるサイトのデータによると三色同順と一気通貫は同じ2翻だが確率は倍近く違って三色の方が作りやすい。
30: Tue Mar 26 15:29:42 2013
そのことは皆理解していて、「三色同刻は難しいのに三翻しかないからムダ」などと言うが、わたしが指摘するのはそういう、勝つためにどの役を目指すべきかということではなく、「役の難易度と得点は比例しない」つまり、ここにも「麻雀に勝つために必要なのは技術ではない」という根拠のひとつとなるということである。
31: Tue Mar 26 15:42:23 2013
麻雀と運と言えば、私がよく覚えている阿佐田哲也の「麻雀は運10のゲームである」という言葉である。これは「Aクラス麻雀」という本の最初の方に出てきた言葉である。私が「麻雀は運だ」と主張するのも、この麻雀界の神様のような人がこう言っていたことに大きく負っている。
32: Tue Mar 26 15:46:01 2013
ただし、阿佐田氏が言っていることは、「麻雀なんか運なんだから技術はいらない」というような単純なことではない。私が覚えているのは、「ツイていない時に技術で勝つとツキを貯金できる」と、この通りの言い方ではなかったかもしれないが、そういう旨のことを述べたことである。逆に、ツイているのにそれを逃すとツキが逃げる。麻雀はそのようなツキのやりとりをするゲームである、というのである。
33: Tue Mar 26 15:47:33 2013
彼は確率のことを言わない。いっていたかも知れないが、強調しない。そして、「運」というのは確率のことではない。確率だったら貯金とかやりとりとかはできない。
34: Tue Mar 26 15:50:20 2013
ただ、この「運のやりとり」という考え方は、もしかしたら何の根拠もない、いわゆるオカルトではないかと思うこともある。野球を見ているとよく、「流れ」ということをいう。ピンチをしのぐとそのあとチャンスが巡ってくるとか、何か小さなミスをすると流れが変わって勝てないとか。これは非常によく言われることで、実際に観ていてもそのように見えることがあるが、これも私は実際には何の根拠もない、単なるプレイヤーの気分的な問題ではないかと思っている。
35: Tue Mar 26 16:01:56 2013
私が麻雀でよく言われるが根拠がない迷信だと考えているものをあげてみよう。

・ヒキの強さ

・・・

と思ったらこれくらいしかなかった。

ヒキの強さなんか、ないでしょう。これは全くの迷信だと思う。
でも、よく言われる。

「ヒキの強さ」とはどういうことかというと、あと1枚しかなくて可能性の少ない牌で待ってそれをツモるとか、いうものである。

私はそれは、単にそういう少ないチャンスに賭ける攻撃性や、確率が低いからといってあきらめずに待つ忍耐力のことを言っているだけではないかと思う。
36: Tue Mar 26 16:07:40 2013
麻雀とは関係ないところで、「自分は幸運な人間だと思うか」という質問をしてイエスと答える人は、常にいろんなことに挑戦したり試したりする人だ、という話を聞いたことがある。それは学者が調査をしたんだかなんだか忘れたが、私も「運」というのはそういうものだと思う。サイコロをふるとかクジを引くとかいうことに人による強弱などない。多少の偏りはあるだろうがそれは偶然の範囲内である。しかし、スポーツとかビジネスとか、ギャンブルでも、成功する人というのは少しでも可能性があればそれに賭ける人なのではないだろうか。そしてその少しの可能性を待って挑戦を繰り返すことを努力というのではないか。天才とはその忍耐力のことではないのか。凡人というのは成功する可能性が低いというだけでやる前にあきらめてしまう人なのではないか。
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