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世界史

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1: Tue Jun 8 22:37:01 2010
「うまれた」「が始まった」「が成立した」
歴史の記述は、過去のできごとである。その記述の間に相関関係や因果関係を見出すことは、
後世の人間の推測、憶測、想像かもしれない。

おそらく多くの学校でははしょられたか、軽く流されているであろう先史時代や人類の出現のくだり。

しかしこのくだりはいつまでたっても教科書から消えることなく、必ず記載されいてる。
ここには、「歴史」が文学であること、人類学や生物学とは別の学問であることが宣言されている。

であるから、その記述に必然性や因果関係はない。
あたかもあったかのような記述も見られるが、それは後世の者が資料から推測あるいは想像したことにすぎない。

たとえば、以下のような記述がある。

「現生人類は約4万年前に出現した。彼らは石刃や鏃などのするどい石器をつくり、投槍や弓矢を使用した。骨角器も銛や釣針に利用され、狩猟や漁労の獲物が増大した」

これは、「するどい石器の使用」が、「獲物の増大」をもたらしたという記述である。
しかしこれは、「するどい石器を使用したから獲物が増大した」のか「獲物を増大させるためにするどい石器を使用した」
のかは、曖昧にされている。
「そんなことはどっちだっていい、同じことじゃないか」
と言うかもしれない。確かにどっちでもいいことではある。この記述については。しかし、この調子でナポレオンやらヒットラーが登場して世界大戦が起こる記述を読む際にはそのような態度は許されない。だから今の内に警戒しておくのである。
2: Tue Jun 8 22:47:23 2010
歴史の教科書になんのことわりがきも定義もなく使用される以下のような用語にも気をつけたい。

「・・・と呼ぶ」「・・・があらわれた」「・・・が形成された」「・・・を形成した」「・・・がうまれた」「・・・なため、・・・となり、・・・となった」

たとえば・・・(一部略す)

「打製石器を使って採集・狩猟をおこなった時期を旧石器時代とよぶ」
「初期の農耕は略奪農法であったからひんぱんに移動する必要があり、集落も小規模であった」
「灌漑農法に進むにつれて、生産は増加し人口も増大した」
「大河の治水・灌漑には多数の人びとの協力が必要なため、集落の規模は大きくなり、やがて都市が形成されていった」
「もともと集落は氏族を単位としていたが、生産がふえ、分業が進むと、その内部に貧富や強弱の差がうまれた」

そして次の記述。

「神官や戦士は貴族階級となり、そのなかから王がでて一般の平民を支配し、征服された人びとは奴隷とされて階級と国家がうまれた」

こんなところにさらっと、王、階級、国家の起源が語られているのである。
いったいどれくらいの人が、世界史の教科書の原則がこんなところに書かれているのを知って読んでいるだろうか?

3: Tue Jun 8 23:01:02 2010
今、大学ノートに「まとめ」ながら読んでいる。
ただ読んでいるだけでは、頭に入ってこないような気がするから、ノートにまとめている。
学生時代にもこういうことをした。

そのときに、多くの人がしているであろうことだが、文章や単語を矢印で結ぶ。

これは、因果関係を示したり、時間の経過を示したり、ある事項の詳細な説明をさしたりする。
たとえば今自分が書いたものを見てみると、

「大河流域」→「豊かな平野」→「穀物栽培」→「多数の人びとをやしなう」→「大規模な治水・灌漑が必要」→「共同労働が必要」→「専制君主の統治する大国家が誕生」・・・・「インドをのぞく(なぜ?)」

とある。これが右へ行ったり左へいったりして書かれている。
もともとの文章は以下のようなものだ。

「大河流域で高度の古代文明を開化させた。これらの地方はいずれも豊かな平野にめぐまれ、その地理的条件を利用した穀物栽培によって多数の人口をやしなうことができたが、そのためには大規模な治水・灌漑とそれをささえる共同労働とを必要としたので、そこから専制君主の統治する大国家がインドをのぞき発展した」

同じ矢印で結んでいてもその意味は「説明」「理由」「経過」「例外」などと異なっている。

これからもこのような書き方をしていくだろうが、もっと矢印の意味をあきらかにしたり、区別したりすべきではないだろうか。
4: Tue Jun 8 23:03:15 2010
参考書として、最初から図示されていて、吹き出しやら矢印やら色づけやらされているものも知っているが、
私は歴史をそういうものから学ぼうという気にはならない。
そういうものは、文章を読んで自分で描いてみて、初めて意味がつかめるものだからだ。
だから、今回もあえて教科書などというものを買ってきたのである。(本当の教科書ではなく、手が加えられていることは前書きを読んで初めて知った)
5: Tue Jun 8 23:12:59 2010
「征服」「統一」「最盛期」これらも意味も定義もあいまいである。
6: Tue Jun 8 23:21:42 2010
「滅ぶ」

これ。子供の頃から、今にいたるまで理解できない概念。
「滅ぶ」って、どういう意味ですか?
7: Tue Jun 8 23:27:57 2010
シュメールだのヒッタイトだのミタンニ、カッシート、ヒクソスだの、アラム人、フェニキア人、ヘブライ人だの、アッシリアだの、この辺の事情のソースはなんなんでしょうか?
旧約聖書もその史料のひとつですね。それ以外はなんでしょう。
8: Tue Jun 8 23:31:23 2010
「ノモス」が形成されていた、と言うが、その名前は誰がつけたのか?
そこに住んでいた人たちが自分達の所属しているものを「ノモス」と呼んでいたのか。
近くにいた人がそう呼んでいたのか。後世の学者が名づけたのか。
9: Tue Jun 8 23:36:26 2010
「ペルシア帝国の力はしだいにおとろえ」

これもわからない。国が「おとろえる」って何?
10: Tue Jun 8 23:41:13 2010
「こののちオリエントはヘレニズム時代にはいり、歴史はあらたな展開をみせることになる。」

「時代」。これも、さらっといつの間にか忍び込んでくる概念である。
近代とか現代とかも。

これはふつう、歴史を後世のものが区切るのに使うものである。
過去の出来事だからそういうことができるのである。

ひとりの人間の人生でも、たとえばすむ場所が変わったらそのときを区切りとするだろう。
あとは、学校を卒業したとか、結婚したとか、仕事が変わったとか。

だが、歴史における時代というのは、どういうくくりで、誰の視点によって区切るのだろうか。
その歴史を記述する主観というものも、あいまいにされている。
11: Wed Jun 9 00:19:03 2010
ソースのひとつ、ヘロドトスの歴史。
12: Wed Jun 9 00:24:50 2010
ところで、歴史の授業と言えば、教科書を使って教える先生は、一人もいなかった。
ひとりも。小、中、高と。
千葉県だからだろうか。
13: Wed Jun 9 00:25:30 2010
小学校では歴史という授業はなかったね。
14: Wed Jun 9 00:33:18 2010
ペロポネソス戦争後の状況の記述。

「貨幣経済の浸透により土地を失う市民が続出して国力がおとろえ」

これはどういうことか。なぜ貨幣経済が浸透すると市民が土地を失うのか。
そして、その結果として国力がおとろえるというのはどういうことか。
国力とは何か。

この辺のことは、経済学なのではないか。

日本では社会科という科目が、中学校で歴史と地理と公民に分かれる。
歴史というのは、ほとんどの子供が過去のおもしろエピソード集としてとらえるだろう。

経済学とか法学とかいうものは、大学へ行くまで出てこない。
高校で政治経済という科目があるが、やっぱり脇役で、
高校の社会科と言えば日本史と世界史が二本柱である。

だが、経済学の初歩的な知識があったほうが、歴史を勉強しやすいのではないだろうか。
そのための公民や政経なのだろうか。
15: Wed Jun 9 01:12:59 2010
私は大学受験で世界史を選択した。教科書は山川ではなく、帝国書院だった。
高校の授業では教科書は使わず、インカ帝国を滅ぼしたことを批判したラスカサスの話とか、
副教材ばかりを使って普通の世界史の知識などほとんど身に付かなかった。

浪人して予備校で授業を受けても、基礎がないのでよくわからない。
そこで、私は教科書を写した。
さらに、社会人になって10年くらいたった頃、もう一度その教科書を開いて、今しているのと同じようなことをした。

今回、話題になっているとかいう山川の「教科書」を買って読んで見たのだが、
まず手にとってパラパラとめくった感じが、とても軽かった。
「世界史ってこんなもんだっけ、俺も成長したな。まあ、高校教科書だからな、たいしたことないな」
などと思ったのだが、読んでいくと、どうも内容が薄い。

ペルシア戦争とか、アレクサンドロスとかの記述が、なんとも小さな事件のようにさらりと書かれている。

前書きにあった、書き直しとは、そういうことだったのか。

アマゾンのレビューを見てみると、やっぱり、内容が薄いというものが多かった。

本物の教科書を買いなおすかな・・・。
まあ、俺にはちょうどいいかな。とっとと走り抜けてしまおう。
16: Wed Jun 9 02:25:17 2010
ローマまで。
キリスト教が公認、国教とされるまで。4世紀。
カエサルは生没年も書いていないが、イエスは書いてあった。生年はb.c.7またはb.c.4となっている。
b.c.7という説は新しいものだろうか?
17: Wed Jun 9 02:35:49 2010
ギリシアやローマとは一体なんだったんだろう?
民主主義まで芽生えたという。

宗教性のある王と、それのない王(僭主)と、王が存在しない共和制と、ひとりの王や僭主ではない貴族が支配する貴族政と、そして、民主制。

どれも別の政体を否定して生まれるものもかならず腐敗したり行き過ぎたりして新しい政体にとって代わる。
王政から民主制というような一方向ではなく、ぐるぐる回るものなのではないか。
18: Wed Jun 9 02:53:43 2010
ギリシア・ローマといっしょにしてしまうが、ギリシアには民主制が芽生えたが、
ローマでは民主制と言えるまでにはいたらなかたのか。

ギリシアは小王国が複数存在していたものが、貴族制となった。
その後、社会が安定して、植民、交易などをおこなって、経済が繁栄した。
その後ペルシアに攻められるまでは、戦争もなかった(?)

ローマは、実用的な文化が反映した。
ギリシアよりも、戦争が多かった。
経済や農業が発達しきらないうちに戦争をし始めた。
芸術や哲学等はギリシアの後継にとどまった。

というような違いがあるのかなと無理やり決め付けてみた。
19: Wed Jun 9 22:38:59 2010
「~朝」というものが出てき始めた。
ササン朝、アケメネス朝、セレウコス朝、
マウリヤ朝・・・


それから、いろんなものが、あるものは「おこり」、あるものは「うまれ」、あるものは「成立し」、あるものは「発達し」た。

あと、さりげなく使われていることば「でる」

「ガンジス川の中流域に多数の思想化がでて」


これらは皆、あたかも勝手に、ウジだかカビだかなんだかのように、湧いてでてきたように、語られている。
20: Wed Jun 9 22:44:28 2010
20人くらいのインド人たちと仕事をしたことがある。

インド人は、南方の人と北方の人で、性格が全然違った。
南部の人たちは陽気で無邪気で人懐こく、「黒人」っぽかった。

北部の人は、陰気で気難しい人が多いように感じた。

言葉も違って、南部の人はタミル語を話し、北部の人はヒンディー語を話す。
ただし、どちらも英語を公用語として話せる。ただし、なまりがキツい。
both は ボツ と聞こえる。

Rの巻き舌が強い。
21: Wed Jun 9 22:54:54 2010
「4世紀にはいると、マガダ国にグプタ朝がおこり、北インドの大半を統一した。」

国って何?朝って何?都市って何?統一って何?

22: Wed Jun 9 23:22:59 2010
「ヒンドゥー教はインドの民族宗教といわれ」
この言い方もズルいよな・・・。誰が言ってるんだよ?
23: Wed Jun 9 23:33:14 2010
都市国家とは?都市とは?民族国家とは?統一国家とは?共同体とは?

・・・

都市・・・。ビルがたくさん建って、人が大勢いて、道路や鉄道が発達して、商店や娯楽施設がたくさんある場所。

では、「東京」は都市だろうか?今、都市の一例としてまっ先に思い浮かんだのが東京だったが、
東京を厳密に定義すると、都市というものとは違うものになりそうだ。
東京都のことをさすとすると、それは日本という国を区切った、ある区域のことになる。

逆に、「東京駅」のあるあたりのことをいうとすると、あまりパっとしない地域になる。
では、わたしがめったに行かない「渋谷」とか、よく行く「新宿」などが「都市」だろうか?

それらは、今度は狭すぎて、都市というよりは街というイメージが強い。

24: Wed Jun 9 23:37:00 2010
というように、用語の定義があいまいで、とらえどころのないのが歴史や社会科学である。
だが、それだからといって低級だとか、科学ではないなどと馬鹿にすることもできない。

その曖昧な用語を選びつつ、その定義をその都度しつつ、かつ、常識とか慣例にもしたがいつつ、
かつ、偏見でも独断でもなく、かつ、伝聞でも受け売りでもない、新しいことを探して語っていくこと、
それが文系の学問である。
25: Thu Jun 10 00:03:26 2010
文明とか社会の起源を明らかにするのは非常に困難なことで、おそらく誰もが納得できる答えはないのだろう。
教科書に書いてある説では、獣を狩ったり、魚を採ったり、木の実をとったりするのは原始的な行為であるとされる。
確かに、それは動物でもすることである。人間は道具を使って、動物よりは効率よく狩猟をするのかもしれないが、
歴史の対象となる人間の行為はそれよりもさらに進んだ、農耕や牧畜をすることである。
つまり、その辺にいる動物を取って食うのではなく、最初から食うために動物を飼って、殖やす。
農耕というのは、その辺に生えている植物をとって食うのではなく、最初から食うために植えて育てる。

これによって、「剰余生産物」ができる。
その剰余生産物を貯蓄し、自分が牧畜などで育てている以外のモノと交換する。

そこから経済活動が発生してくる。貿易とか商業というものが生まれてくる。

牧畜、農耕、さらには鉱業も、魚の養殖も、林業も、自然を必要とする。
それが基本であり、必要条件である。

だから古代文明は皆、大河沿いの肥沃な土地に発生した。
豊かな自然の産物を、人間がより存分にわがものとできるように智恵を働かせ、
そこに人が集まった。

自然の産物が採取できる場所は限られるし、場所によって採取できるものも異なる。
また、季節や天候により採取できるものも異なる。

その不安定さを吸収するために、余剰生産物を備蓄し、交換する。
そのための場所は、自然に恵まれた場所である必要はなく、
むしろ平地で人が訪れやすいほうが好ましい。



26: Thu Jun 10 00:05:24 2010
何もない枯れた土地では産物がないために人が生活できないが、
ただ肥沃であるだけでも、ごく少人数がひっそりと暮らしていくことしかできない。

そのバランスがとれた場所が、都市となり、文明となっていくのではないだろうか。


27: Thu Jun 10 00:09:24 2010
ただし、子供の頃から抱いている疑問がある。
それは、人は本当に世界を征服したいという欲望を持っているのだろうか、ということである。

本当に食べるものに困ったら、人から奪うということもあり得るだろう。
より安楽な生活を求めるだろう、つまり用意に食料が安定して入手でき、気候も安定した場所に暮らしたいと思うだろう。

しかしだからといって、地中海沿岸からアフリカ北部からインダス川流域までの広い地域をすべて支配して、
王に君臨しようなどという考えを持つまでに至るのは、ごく一部の頭のおかしい物好きなのではないだろうか?
28: Thu Jun 10 00:24:16 2010
世界史の古代の記述を読んで感じたのは、ギリシアとローマで、すでに人間の文明とか社会とか言われるものの
基礎はできていたのではないか、ということである。
貴族制あり、民主制あり、共和制あり、芸術、詩、数学、哲学、オリンピック、
貿易、貨幣経済、農業、建築。工業はなかっただろうか。

といっても馬車とか兵器を作っていただろう。

ソクラテスのような人間が現れた。ユークリッドとか、アルキメデスとか。

今から3000年も前なので、詳細は伝わらないだけで、ある程度のモノはそろっていたのではないだろうか。

ピラミッドが現代の人びとには驚異ではあっても用途が不明なように、
今われわれが使用しているパソコンとか車とか、小さな通信機器なども、
数千年後の人びとが発掘したら、マジナイや信仰の道具だと思われるかもしれない。
29: Thu Jun 10 23:00:19 2010
治水・灌漑ということばがやたらと出てくる。
灌漑とは、農地に人工的に水を供給することである。
30: Thu Jun 10 23:01:08 2010
英語では irrigation というようだ。初めて聞いた言葉だ。
31: Thu Jun 10 23:07:18 2010
豪族・・・。

これもつまづいた言葉だ。
今で言ったら、何だろう?
32: Thu Jun 10 23:56:47 2010
英語にしたら powerful family だって。
石原家みたいなものか?
33: Fri Jun 11 01:05:25 2010
中国がでてきたら、なんだかやる気が少し失せた。
なまじ知識があるからだろうか。

「9世紀末には塩の闇商人である黄巣や王仙芝を指導者とする農民反乱(875~884年)もおこり、唐は節度使朱全忠にほろぼされた(907年)。」

一国が、一人の人間によって滅ぼされたことになっている。
まるで、ランボーが大勢の警官や軍隊にひとりで立ち向かったかのように。
実際は、それまでの反乱や、組織内の発言権の移動などによって、だんだんと滅びていったのであろう。


今、私が仕事をしていて感じていることは、
会社に正社員と協力会社という身分に近いものが生まれていることだ。
今はまだ正社員のほうが待遇がよく、発言権もあるが、実務をあまりやらないので、
これから協力会社と呼ばれているような会社のひとびと、派遣とか請負でフリーに近いかたちで働いている人びと、
そういう人たちに知識や技能が蓄積する一方、正社員達はマネジメントと称して高給を得るも、有名無実の無能になりさがるのではないか。

その前に、安いカネで使われている連中の不満が爆発するかもしれない。
世界史の教科書に、暴動をおこした人間の名前が記される日が来るだろうか・・・。
34: Fri Jun 11 23:46:06 2010
モンゴル。
多分世界史上の最大版図を持った国ではないでしょうか。
ここまで来るとほんとかよ?と思う。

しかし、実態は、ほとんど連邦制のようなものだったのではないか。
人種も文化もさまざまで、とても統治などできたものではない。

ここまで俺の国!と言ったモン勝ちみたいなものだったのではないか。
35: Sat Jun 12 00:02:38 2010
司馬遷は宦官であったと知る。
そして宦官とは去勢されたものである。
司馬遷は去勢されていたのか・・・。
さて、去勢とはだいたいどんなことかは知っているつもりだったが、
具体的にどうやってやるのかは知らない。Wikipediaで調べたら写真がでてきた・・・。

チンコを切るようです・・・。
36: Sat Jun 12 00:22:27 2010
世界史用語辞典とかあるけど、固有名詞ばかりではなく、「成立する」「ほろびる」「たたかう」「衰える」「さかんになる」「直轄」「統治」「朝」「おこる」「勢力」などの言葉の辞典がほしい。
37: Sat Jun 12 00:47:38 2010
「朱子学の理論的学説は、・・・・ライプニッツの哲学に影響をあたえ、・・・・ヴォルテールに高く評価された。」

マジで!?
38: Sat Jun 12 00:57:14 2010
「幕府」とは、武家政権のこと。
「宰相」とは、国王を補佐する政治家のこと。国王がいない場合の首相にあたる。
39: Sat Jun 12 01:02:29 2010
生糸
綿織物
絹織物

織物って、布状だよね?どうやって売り買いするのだろう?
輸出入するときは、どういう単位でするのだろう?
木の棒かなんかにぐるぐる巻くのかな?
40: Sat Jun 12 01:07:40 2010
誤植発見。
70ページの一番下、「韃韃(タタール)」とあるが、韃靼の間違いでしょ?
41: Sat Jun 12 07:15:38 2010
「アッバース朝の成立後まもなく、後ウマイヤ朝(756~1031年)がイベリア半島に自立した。・・・9世紀になるとアッバース朝の領内でも各地で地方王朝が自立するようになった。」


「自立」って何?今までの国は自立じゃなかったのか?
42: Sat Jun 12 07:18:17 2010
ああ、アッバース朝は存続していて、それとは別に地方王朝が建ったということか。
43: Sat Jun 12 21:13:45 2010
本物の教科書を買ってきた。「詳説 世界史B」。多分、795円。
100ページくらい多い。中身がカラーである。「もう一度読む」は、口絵以外はモノクロ。
なのに値段は倍くらい違う。
44: Sat Jun 12 21:16:30 2010
重要語句が太字ゴシックになっていたり、名前の上に小さくアルファベット表記があったり、注釈がついていたりする。
45: Sat Jun 12 22:28:59 2010
教科書を読むだけでは心もとないので、iPhoneアプリのZ会問題集をやってみた。
これが全然できない。分野というか、「古代地中海世界」「中世西ヨーロッパ」「三国時代~唐代の中国」などというふうにわかれていて、全部で1683問ある。iPhoneなので、電車の中などで暇つぶしをかねてできる。

いちおう一通りやったのだが、正答率は30%にも満たない。
まだ教科書の読み込みは始めたばかりなのだが、すでに読んだところでも、よくて50%くらい。

そもそも、「もう一度読む」だと、出てこない内容がかなりある。
46: Sat Jun 12 22:34:34 2010
「勉強」を始めてまだ数日しかたっていないのだが、仕事が終わって家に帰ってきてからすぐに、食事をしながら、
2時とか3時とかまでやった。受験したときにもそんなに勉強したことはなかった。
今日は初めての休日。教科書を買いに行って、電車の中でひたすら問題をやっていたら、気が狂いそうになった。
モンゴル帝国のところで、なんとかハンが乱立し、北方の匈奴とか女真とかツングースとか、いったいどうなってるんだわけがわからん、と、スケッチブックを買ってきて、中国の国名の入れ替わりを書いてみた。
それでも、地理的な位置関係と、時間と、国同士の関係、民族の違い、首都はどこかなどをいっぺんに図示することはほとんど不可能である。
47: Sat Jun 12 22:36:00 2010
教科書を読んでまとめを始めたときは、矢印とか丸や四角でかこったり、記号をきめたりしていたが、
だんだん、そういうことにも限界があって、やはり歴史というのは言葉で表すしかなく、
言葉が一番便利なのではないかと思えてきた。
48: Sat Jun 12 22:37:48 2010
それは現役のときにも感じていたことで、私は一応世界史を選択科目にしていたのだが、
図を描いたりすることはなかった。年表すら、書かなかったし、あまり熱心に見なかった。
教科書だけざっと読んで、おおまかな流れだけを理解するようにした。
人名や年号を暗記するのは面倒だったし、そんなことをする意味もないと思っていた。
49: Sat Jun 12 22:39:08 2010
そしてその考えは正しく、今回の勉強でも、そんなことをするのが目的ではない。
Z会の問題をやっていると、つい、クイズ感覚で正解することをめざしてしまうが、
それは歴史を学ぶこととは全く別のことだ。
50: Sat Jun 12 22:42:26 2010
でも、不思議なのが、なんとなくはおぼえていることだ。
そういえばこれは予備校でやった、問題集でやった、という言葉が、かすかではあるが頭に残っていて、
問題を読むと、なんの必然性も因果関係もない人名などがポっと頭に浮かぶ。
それは、ほとんど写真のような、イメージとしての記憶で、機械的な記憶で、
その証拠になんとなくあっているがちょっと違ったりする。

まあ、記憶力がどうのというのは、どうでもいい。
51: Sat Jun 12 22:48:33 2010
それよりも、「勉強」していると、いろんなことを思い出す。
それは勉強の内容そのものではなく、勉強することをめぐる同級生達との会話などである。

まず、自分が受験勉強をしないことについて、軽蔑するような態度をとった同級生のこと。
わたしは、処世のための勉強はしたことがない。
そのため、知らないことは恥ずかしげもなく知らないと言う。
そういう時に、私を無知であると笑ったり軽蔑したりした連中のこと。

そういう連中は、社会人になった今でも周りにいる。
社会人になるとは、大人になるとは、わがままを押し殺して妥協してその場の空気を乱さぬようにすること、
という考えの連中。

わたしが、そういう人間にだけはなりたくないと思って避けてきた連中。

勉強することは、そういう連中になりそうな自分との戦いでもある。
つまり、試験をパスするだけのための、力ずくの暗記と反復。
52: Sat Jun 12 22:52:29 2010
最近大学生の基礎的な学力不足が問題になっているというのをきいたことがある。
たとえば分数の足し算引き算ができないとか。
高校でならうべきことを大学で補習しなければならないとか。

そしてそれは学生を一方的に非難しているのだが、
生徒に試験を課してふるい落としている側の責任でもある。

教える側が、それなりの知識あるいは能力を持っているものを選別しているわけである。
その試験をパスしても、授業をうけるべき力がついていない学生が入学しているということは、
課している試験に穴があって、ただしく実力をはかれていないということである。
53: Sat Jun 12 22:56:48 2010
人間は、情報処理装置になることができる。
それは、ビジネスでは必要なことかもしれない。
大量の書類を読んで理解し、何かを判断して対応すること。

だが、たんなる情報処理装置となった人というのは、与えられたことを機械のように飲み込みろ過することしかできない。
もしかしたらその仕事自体、意味がないかもしれない。
その仕事をすることが、誰かに損害を与えるかもしれない。

しかし、たんなる情報処理人間はそんなことはおかまいなしである。
他人を傷つけようと、自分が愚鈍になろうと、魂を悪魔に売り渡そうと、
給料をもらって生活するためには、なんでもするのである。
54: Sat Jun 12 22:58:30 2010
景気が悪くなったから雇用創出をするとか、景気対策をするとかいうのが、
その証拠である。
人は必要な、誰かに求められることを仕事としてするのではなく、
生きていくために仕事をする、穴を掘って埋めるようなことでもなんでもいい、
というのが情報処理装置になりさがった人間の生き方である。
55: Sat Jun 12 23:00:31 2010
むしろ人間は、どんどんと処理すべき情報自体をつむぎだすべき存在である。
10枚の書類を与えられたら、その書類を3倍にも4倍にも膨らましてつき返すのが人間のやることである。
それはビジネスとか仕事とかいう観点から見れば、ムダで効率の悪い余計なことであろうが、
人間の本性と言うのはそういうものだ。
56: Sun Jun 13 00:18:07 2010
ラスカサスは虐殺した人じゃなくて虐殺を批判した人だね。
直します。
57: Sun Jun 13 08:06:50 2010
これはなんとなく感じていて確証はなかったことなのだが、多分間違いないと思う。
それは、言葉というものは、ごく少数、だいたいは一人の人間が考えた。

フランス語、英語、日本語、中国語、スペイン語、みんな。
ラテン語とかも。

それは、契丹文字とか、西夏文字とか、女真文字とかいうものを見て思ったことだ。

たとえばフェニキア人はアルファベットをつくったとか、シュメール人が楔形文字をはじめたとか、
エジプトでヒエログリフが使われたとか、言われているが、
実際はそれら民族のなかの誰かが、文字や文法を考案したはずである。
自然発生したものではない。

実際に使われてから簡略化されたり変化していくのは日本語を今使っていても目の当たりにしていることだ。
58: Sun Jun 13 08:42:47 2010
さて、「もう一度読む世界史」を猛スピード(とはいえ熟読)で読んできたのだが、
そこにZ会問題集をぶつけてみると概説を把握しているとはいっても曖昧すぎるため、
「詳説世界史B」で補っているのだが、このやり方でこれからも進めていこうと思う。

多分、最初から「詳説」を熟読するのは苦痛だと思う。
おそらく「もう一度」がこれだけ話題になたのは、昔習った詳説を読み返そうとしてウンザリして、
もっと大雑把に歴史の概観を把握したいと思っていた人たちに受け入れられたのではないか。

世界史を受験で選択して好成績だったような悪く言えばマニアのような人には物足りないのかもしれないが、
世界史とは縁のない実務的な仕事をしている私のような人には、これくらいの大雑把さが適している。

大雑把とは言っても、もとは教科書で、教科書の記述と言うのはこれ以上は無理と言うくらい圧縮されている。
軽い詳説やブログやニュースなどに慣れた身としては、これでもなかなか骨が折れる。
59: Sun Jun 13 08:45:57 2010
私は「歴史は科学ではなく文学だ」という、一部の人には当たり前かもしれないが一部の人には理解されていないことを確信しているのだが、詳説は少し科学に走っていて、もう一度は文学的である。図や写真などの資料が少なくモノクロであることも、最初は欠点だと思ったが、文学としてとらえるならなくてもいいくらいだ。
60: Sun Jun 13 08:49:16 2010
894年に遣唐使を廃止したというのは、「白紙に戻す遣唐使」とおぼえていて、それは日本が外国文化に頼らず自力で国をつくるようになったというように理解していたのだが、その頃の唐はすでに滅んでいるも同然だった、というのもあったようだ。
61: Mon Jun 14 20:34:43 2010
「農業に立脚する封建社会は、自給自足の現物経済を基礎としていたが、生産が高まり、余剰生産物を交換する商業がさかんになると、11~12世紀ころから商人や手工業者があつまって都市が成立してきた。」

はい、都市の定義と起源。
62: Mon Jun 14 21:56:22 2010
Google mapは地名がたくさん表示されすぎるので、地名を隠してみた。
イタリア半島のすぐ脇に、大きな島が二つある。たしか一つはコルシカ島だったよな・・・
と名前を見ると「コルス島」とある。あれ、下の大きい方か、とおもったらそれはサルデーニャ島だった。

あれ・・・と地図帳をみたらやっぱりコルス島とある。

地中海を探すがそれらしき島はない。東の端にある小さい島か、とおもったがそれはキプロス島。
あわててウィキペディアで調べると、コルシカとはイタリア名であり、フランス領なのでコルス島と表記されていることがわかった。

Google mapをよく見ると、「コルス島」と書いた下に、アルファベットで Corsica と書いてあった。
63: Mon Jun 14 21:59:16 2010
というわけでGoogleに頼りっぱなしである。

今の学生はいいな、と思う一方、先生は大変だろうな、とも思う。
予習はもちろん、下手したら授業中にググられて間違いを指摘されるかもしれない。
64: Mon Jun 14 22:19:58 2010
荘園、封建制、不輸不入の権、中間層の台頭と上層の腐敗による制度崩壊と再生、
分裂・乱立状態から統一、統一が腐敗または専制化して反乱による衰退、外圧による征服・・・

こういうものはほとんど物理法則で、日本史も同様である。
65: Mon Jun 14 22:36:04 2010
Innocentius はラテン語で、英語にすると Innocent

マグナ・カルタはラテン語で書かれていたと知った。


66: Mon Jun 14 22:42:56 2010
ここ1週間くらい、何かに取り付かれたように「世界史」づけになっていると、自分の生活からニュースやら、
電車の中での場所のとり方まで、歴史教科書のように描写できるなと感じる。

そしてそれを考えたときに、歴史というのは過去から現在へ流れているものだとは、多くの人が漠然と理解しているだろうが、
その流れの中に生きた人びとは、それに乗って流れ去ったのではない。

むしろ、歴史は人の上を通過する。もしくは、人の中を通り抜けていく。
人は何も変わらない。国や歴史が変わっても、人のすること、感じることは変わることはない。

つまり、歴史が変わっても人は変わらない。歴史と言う言葉を社会と置き換えてもよいだろう・・・。
67: Mon Jun 14 22:56:50 2010
中世末期の、荘園制と封建制の崩壊。崩壊なんていうとおおげさで、悪しき制度が廃されたようなイメージがあるが、
これもごく自然な流れである。人が増え、農地が増え、生産量が増え、交換と流通が起こり、社会も複雑に、多重化し、
王と国民といった単純な関係ではすまず、中間管理者が必要となってきて、それらのものが国王や教皇から自立あるいは反発する。

その動きを統制しようという動きが絶対王政で、それが限界に達して、市民革命が起きる。
ルネサンスもそれと似た動きで、これは反キリスト教運動である。
だから私は、ルネサンスなんか素晴らしいものだとは思わない。
むしろ中世の、こわばったような顔や姿勢の絵が好きである。
68: Tue Jun 15 00:40:24 2010
「カノッサの屈辱」というのは、歴史上の事件にしては人間的すぎるというか、情緒的過ぎる感じがして、違和感がある。
教科書にも、謝っている絵が載っている。
この事件は何を意味しているのか。一般には、そして教科書には、「教皇権のピーク」を意味するとされている。
つまり、「王でも敵わないくらい教皇の権威は高かったのです」というような。
しかしさきほど、やはりwikipediaを読んで、認識が変わった。

一番大事なことは、世俗の王(それが誰なのかはいまだに覚えられない)が、教皇(これもおぼえられない)に謝罪したのは、
本気ではなかった、自分の地位を維持するためであった、ということである。
その証拠に、この謝った王は、後に再び教皇と対立し軍隊まで送っている。
また、教皇は教皇で、謝罪に来た皇帝を、許さないからではなく、恐れて、外にでなかったらしい。

この事件が何を意味するかについては、以下のような認識が正しい。
「世俗の王がしかたなく謝るということもあったが後には教皇より権威を持つことになる」。
この「屈辱」は一時的なもので、最終的には皇帝が勝った。

だから、これを「教皇が皇帝を屈服させた事件」ととらえないほうがいい。

ちなみに謝らせたのはグレゴリウス7世、謝ったのはハインリヒ4世である。
どうやっておぼえようか。
69: Tue Jun 15 00:58:09 2010
そもそも、教皇というもの自体を、わたしは聖なるものと思っていない。
みんなそうかもしれないが、それは「建前上は聖なるもの」と認めてのうえでのことであろう。

しかし、私は「建前上」も聖なる者とは認めていない。
ローマ教皇も皇帝もこの世の王であり、神に代わるものではない。

だいたい、教皇が皇帝を破門したり任命したりするのがおかしい。

「屈辱」が1077年、フスの火刑が1415。引くと338年。
だが、この年月の間に教皇が腐敗したのではない。

聖職叙任権闘争だかなんだかしらないが、皇帝と争ってる時点でインチキである。
最初から、教皇などというものはニセモノだったのである。

むしろ、「権威が失墜して実権を皇帝に奪われた」ほうが、教皇にとってはいいのである。
70: Tue Jun 15 02:13:38 2010
「問屋制家内工業」「工場制手工業」という言葉を習ったのは、小学校だっけ?中学校かな?
とにかく、もちろん仕事などしていないし、働くということがどういうことかも知らない、月に何百円かの小銭をおこづかいとしてもらって、お菓子とか、小さなプラモデルなどを買っていた頃だった。
それらのシステムの意味はわからなかったし、正直に言おう、いまでもわからない。
71: Tue Jun 15 02:21:08 2010
家で何かを作っていたのに始まり、規模が大きくなったら工場をたてて人を雇い、さらに機械で製造するようになる、
そんなことは、わざわざ名前を付けて教えるようなことだろうか。
72: Tue Jun 15 02:23:00 2010
産業革命も、市民革命も、人間が増えて社会が大きくなっていく過程で必然的に起きたことではなかったのだろうか。
産業革命がおきたから社会が豊かになったのでも、市民革命が起きたから民主主義と自由が実現したのでもないのだ。
73: Tue Jun 15 02:31:46 2010
毎日仕事をしていれば、そのうち工夫して楽をして稼げるように、楽をして大量に生産できるように考えるものだ。
そして誰かがいい仕組みを考えればそれを採用し、それにも慣れてくればまた新しい工夫をする。
それを繰り返していく。それだけだ。
74: Tue Jun 15 21:49:49 2010
宗教改革。
「・・・ドイツは、教皇庁による財政搾取の対象となっており、各層にローマ教皇への不満が鬱積していた。そこで1517年の秋、神学教授ルターが『九十五カ条の論題』で、教皇レオ10世の売り出した贖宥状を攻撃すると、・・・」

宗教をなんだと思ってるのかな?
75: Tue Jun 15 22:03:54 2010
西欧の荘園制と封建制の崩壊のあたりにくらべ、ルネサンスや宗教改革はついでに起こったみたいな扱いで、執筆者のやる気のなさがありありと感じられる。
76: Tue Jun 15 22:06:36 2010
「山川の教科書は受験にはいいが左寄りだ」というのは私が高校生の頃からよく聞いた話だ。
私の高校では山川ではなく、帝国書院だった。日本史も違う出版社だが山川ではない。
むかし読んだ帝国書院の教科書とくらべて、それほど違いがあるとは思わないが、さっき感じた宗教改革にたいする記述のアサハカさなどがそうなのかもしれない。
77: Tue Jun 15 22:09:55 2010
「人類の歴史とは階級闘争の歴史である」という言葉は、マルクスだかレーニンだか誰が言ったのかはしらないが、
わたしはその言葉を、ある日本のミュージシャンが歌っていたのを聴いて知っている。
そして、教科書を読んでいると、たしかにそうだなあと感じる。
しかし、そういう歴史観はサヨクの史観であり、日本ではそれが自虐史観となり、土下座外交につながるという意識もあるから、そういう見方はしないように気をつけてきた。

だが、それなら一体歴史とはなんなのか。ただの過去の諸国のゴタゴタエピソード集なのか。
そこからなんらかの法則性とか、必然性を読み取ろうというのは、きっと左右上下の考えを持つ人を問わず、
だれでもしようとすることだろう。
78: Tue Jun 15 22:14:24 2010
そして、左翼史観の何がいけないのかを考えるときに必ずうかんでくるのが、太宰治が人間失格で書いていたことである。
彼は学生時代にその手の運動をやっていたそうなのだが、それをしながらも、その理論にはまったく共鳴することはなく馬鹿にさえしていたようだ。

「水が低きに流れるような単純な理論」というような言い方をしていた。
そして、歴史はそんな単純なものじゃなくて、「欲というか、ヴァニティみたいなもので動いているんじゃないか」などと書いてあった。

太宰も結論は出していないが、「水が低きに流れる」ような原理で社会が動き、人が行動すると考えるのはわたしも大嫌いである。ドストエフスキーが地下室の手記で書いていたのも、そういう考えで、それも興奮して読んだ記憶がある。
79: Tue Jun 15 22:21:11 2010
さて、世界史もこの辺からはもういやと言うほど聞かされた市民革命、フランス革命、ナポレオン、戦争戦争また戦争となってくる。記述もリアルになり、生々しく、血塗られてきて、あまり心踊るものではない。

私が高校生のとき、世界史の授業で、レポートを書くことが義務付けられた。その先生はちょっと変わり者でレポートのテーマは世界史に関係なくてもなんでもいい、と言った。目玉焼きのおいしい焼き方でも、ウンコはなぜ臭いのかでも、なんでもいいと(そんな例は挙げなかったが)。

しかし、ほとんどの生徒は世界史に関連のあるテーマを選んだ。それは、どうせなら受験に役立つことを調べようという魂胆だったのだと思う。あとでその先生が明かしたのだが、一番多かったテーマはフランス革命だったそうだ。
わたしは「中国はなぜ社会主義になったのか」というテーマを選んだ。それは本当に自分でも興味のあったことだった。
しかしレポートはたいしたことは書けず、もちろん中国が社会主義になった理由などわからなかった。

先生から返ってきたレポートには、「君の言う社会主義とは何をさすのか?」という一言が書かれていた。
80: Tue Jun 15 22:25:43 2010
そして私は授業以外でも、それがなんだったのかよくおぼえていないのだが、確か歴史クラブだかなんだかという、
週に一度あってだれでも何か選ばなければいけないクラブに入って、その顧問がその世界史の先生であり、
やはりレポートを書くことになった。

そのときのテーマはやはり中国で、文化大革命についてだった。「文化大革命とは何だったのか」か、「文化大革命で何が変わったのか」とかいうテーマであった。

そのことを、ある友人に話すと「いいところに目を付けたね。やっぱり毛沢東を批判するの?」などと言われたのだが、
わたしは文化大革命に毛沢東が関係していることすら知らず、「いやあ、どうしよっかな、エヘヘ・・・」と笑ってごまかした。
81: Tue Jun 15 22:30:32 2010
S先生は、わたしが文化大革命をテーマにしたというと、まだ文化大革命については評価が定まっていないみたいから資料も少ないみたいなことを言いつつ、講談社現代新書の「現代中国を見る眼」という本をすすめてくれたので、それをもとにレポートを書いた。

こちらはさらに何もわからず、何も書けなかった。毛沢東を批判するも評価するも、一体何をしたくて、実際に何をしたのか、まったくと言っていいほどわからなかった。わたしは「文化大革命」という名前からして、社会が劇的に変わるすばらしいできことではないかと思っていたのだが、実際にはただの共産党内の内輪もめでしかなかったのだろうか。
82: Tue Jun 15 22:37:30 2010
左翼というものに関して言えば、子供の頃からピンとこなかった。
それは天皇についても同じだった。アメリカもソ連も、どっちもどうとも思わなかった。
神など最初からいなかった。だから、歴史の教科書で語られているように、人々が必死になって自分の考えを貫いて、
国を興したり世界を征服せんばかりの勢いで領土を拡張したりしたという話が、不思議でしようがなかった。

ナポレオンとか、エリザベスだのヘンリーだのなんとかアヌスだの、実在したのかと疑いさえして、
教科書や資料集の写真や絵にヒゲを描いたりくだらないセリフを言わせたりしていた。
83: Tue Jun 15 22:39:02 2010
必ずといっていいほどやったのは、キャプテンハーロックとかブラックジャックの顔にあったような「キズ」を書くことだった。
84: Tue Jun 15 22:44:54 2010
そういえば、その世界史の授業は、ギリシアやローマなどはやらなかった。
いきなり、インディオの虐殺について語りだした。
みんなあっけに取られていた。
85: Tue Jun 15 22:52:14 2010
近代にはいると何がつまらないかというと、理想をかかげて無鉄砲に死ぬ人間が出てこなくなるからだ。
ソクラテス、イエス、ジャンヌダルク、フス、ガリレイなど。

出てくるのは権力や富にとりつかれて道を踏み外すような人間ばかりになる。
86: Tue Jun 15 22:57:39 2010
「1477年に、オーストリア太公が、男系のたえたブルゴーニュの公女と結婚し、それをつうじてネーデルランドを獲得して以来、近代初期の国際政治を深く規定するハプスブルク家とフランス王家の敵対がはじまった。」

・・・ハァ?
さっぱり意味がわからない。
87: Tue Jun 15 23:01:37 2010
文字通りの、政略結婚というやつだろう。子供の頃は、「こんなのは大人にならないとわからないよ・・・」と思っていたが、もう中年まっさかりで初老も見えてこようかという年齢になっているが、やっぱりわからない。
88: Tue Jun 15 23:20:24 2010
「・・・オラニエ公ウィレム(オレンジ公ウィレム)のもとに抗戦を続け、1581年、ネーデルラント連邦共和国(連邦の中心であったホラント州の名をとってオランダとよばれる)の樹立を宣言した」

なんやねん、オラニエて。最初からオレンジ言うとったらええやんけ。なんやの、オラニエて?オラニエ?言いたいだけちゃうんか?

そんでなんやねん、ネーデルラントて。ランドやろそこは。ランドでええやん?なんで濁らんの?

まあそこまではええわいな。オランダやからなんや言葉もちゃうんやろ。
でもな、ホラント州の名をとってオランダってどういうことやねん?

ホラントはホラントやろ。オランダちゃうやん!なんでオランダやねん。ホラントだったらホラントって呼んどきいな!
89: Tue Jun 15 23:41:49 2010
「確立」っていう言葉もクセモノだな。
「ウェストファリア条約で、ヨーロッパの主権国家体制は確立された」

「戦争による国土の荒廃で、ドイツ社会の停滞が著しくなった」
これももっともらしい、一見あたりまえのような言い方だけど、口がさけてもこんな言葉いえないし、書けない。
90: Wed Jun 16 01:06:52 2010
やはりこの辺はつまらない。中学校で概要を習う清教徒革命、名誉革命は名前も立派で教科書などにも時代を画す大変な素晴らしいできごとのように書かれていたが、そんな大層なものだろうか。クロムウェルのその後や王政復古などのゴタゴタもある。

そして、この頃にはなんとか朝がどうした、結婚がどうしたオーストリアがどうしたということで戦争が起きている。
一体この頃のヨーロッパは何だったのか?

シェークスピアが、魔女だの預言だの復讐心などにそそのかされる話を書いたのは、単におもしろい話だからというだけではなく、実際にそういう風に世界が動いていると見えたのではないだろうか。
91: Wed Jun 16 21:47:29 2010
ヨーロッパって、なんでこんなに暗いの?

あの辺、なんか魔物が住みついてたんじゃないか?
離婚やら相続を発端に戦争したり、政略結婚とか、王が暴走したかと思えば民衆がそのクビを落としたり・・・

イスラム、アメリカ、オリエント、中国などにも戦争はあったわけだが、
そんなにどろどろした醜い争いというのは少ない。支配するほうも、転覆する者も、わかりやすい。

しかしヨーロッパの中世から近代にかけてのゴタゴタは、全くなんのためにそんなことをしたのか理解できない。

そしてそう考えたときに、魔物とはキリスト教と政治がむすびついて生まれた教皇じゃないかと思えてきた。
92: Wed Jun 16 22:09:03 2010
本文ではなく、コラムとして、ヨーロッパの大学について書かれていた。

「学徒のギルドであった」「技能の伝授・習得が徒弟制的なシステムによっておこなわれていた」「官僚養成機関としての性格を強める」

これは日本と同じですね。

それに代わるというか、並ぶ存在なのが「アカデミー」だそうである。
「アカデミー」に相当するものは、日本にあるかな?
93: Wed Jun 16 23:49:17 2010
アメリカ独立、フランス革命の手前まで来て、ヨーロッパのゴタゴタというかグチャグチャを、
スケッチブックにラフに年表を書いてみた。

やっぱり、ガンはローマ教会だ。
これは教科書的だからではなく、本当にこの教会はまったく宗教的な価値を失い、
十字軍だの聖職叙任権闘争だの無益な戦いを繰り返しただけでなく、
ヨーロッパの人びとにあやまった神観や信仰を植えつけた、とまではいかなくても、
なんとなく、人びとの生活に重しをのせていた。


・・・・なんて思ってしまうのは「山川のサヨク思想」にまんまと染まったのか?
94: Thu Jun 17 01:42:47 2010
みんなの大好きなアメリカ独立とフランス革命とナポレオン登場のくだりを冷ややかに読む。
フランス革命のところは執筆者も熱を入れていて革命の段階を1から5まで見出しをつけて記述している。

しかし私は高校で世界史を習ったときから今にいたるまで、アメリカ独立はともかく、
フランス革命というものに対して何の興奮も感動もおぼえたことがない。
今回もあらためてその顛末を追ってみて、フランス人は頭おかしいんじゃないか、と再度思い直した。

フランス革命とは、まず王の失態が基本にある。だがそれは単なる権力が強すぎることではなく、財政破綻からくる貴族への課税や民衆の生活が苦しくなったことが直接の革命のきっかけとなる。
たとえ王が専制していても、国民はメシを食えて貴族もぜいたくができていれば文句は言わないのである。
「革命」とかっこいい名前を冠していても、どれも自分の生活が侵されたのを自衛しただけである。

王の執政が貴族に議会を招集させ、それを王が武力で圧迫すると、それをみていた民衆が暴れだす。
貴族はそれを願ってもないことと利用して自由や平等をうたって王を処刑する。

王がいなくなると狂気の独裁政権がうまれて、独裁者もまた処刑される。

その後は王を廃したもののどうしていいかわからない貴族や民衆達はうろたえて試行錯誤する。

そこへナポレオンが現れて成り上がりの王となりどさくさにまぎれて他国を攻めて外国の反感を買ってつぶされる。
95: Thu Jun 17 01:50:05 2010
やっぱりヨーロッパには、あの変なカタチをした大陸の端っこには、
悪霊が吹き溜まったんじゃないだろうか。

多くの民族が混ざりすぎたのだろうか。

気候が温暖で土地も肥沃で暮らしやすく、
みながその場所を奪い合ったのだろうか。

古代文明はヨーロッパよりやや南で発生したが、
どうしてその後ヨーロッパで人口が増えて革命がおきて産業が発達したのか。

96: Thu Jun 17 21:45:33 2010
「紡績機」とは何かということを今まで調べずにいた。糸をつむぐ装置のようだ。
「飛び杼」も調べたが、よくわからない。映画で見た、機織で左右に動く駒のようなもののことだろうか。

ちなみにそれを発明したジョン・ケイという人は、発明して大金持ちになったと思いきや逆で、
仕事をなくす事を恐れた労働者達に襲撃までされたそうだ。
97: Thu Jun 17 21:48:38 2010
紡績は綿花から糸をつむぐことで、製糸は繭から絹糸をつむぐことだそうだ。
そういわれてみれば、小学校の頃にそんなことを習ったような記憶がうっすらとあるような・・・
98: Fri Jun 18 02:52:29 2010
「この復古的な風潮(ウィーン体制の保守主義のこと)に対して、各国のブルジョワジーは自由主義で対抗した」

「主義」っていうのは、ある時期に同じような考えを持つ人が増えたときにそれをまとめて言うものであって、
何かの目的のために、武器か何かを持つようなものではない。

これは普遍論争のようなものだろうか。

そういえば普遍論争のことを知って思い出したのがサルトルのペーパーナイフのたとえだ。
これと同じことだよね?

99: Fri Jun 18 03:15:19 2010
「7月革命の影響で、ベルギーはオランダからの独立運動をおこし、翌31年ベルギー王国が成立した」

影響・・・・。

「影響」で一国が独立してしまうのか。どんな強力な電波なのだろう、「影響」とは。


「『二重革命』とは、政治・社会上での変革であるアメリカ独立とフランス革命、経済上の変革である産業革命という、ヨーロッパだけでなく世界にも大きな影響をあたえた同時代の事件を意味している」

これは、いい。ある事件が、社会に影響をあたえる、ということはあるだろう。

だけど、「フランスで7月革命が起こった影響でベルギーで独立運動が起きた」というのはどうだろう?
この場合の影響とは、「マネした」「ドサクサにまぎれた」「混乱に乗じた」というようなものか?

そうでなければ私がさっきからしつこく言っている「ヨーロッパに住みついた魔物」の仕業だね。
それとほとんど同じ、「影響」なんて。
100: Fri Jun 18 03:49:53 2010
アメリカの高校か中学(そんなのないっけ?)で使う歴史の教科書、読んでみたいな。原文で。
101: Fri Jun 18 03:59:35 2010
ヨーロッパに住んでいた魔物の正体は、麻薬じゃないかと予想。

すぐ革命を起こしては恐怖政治をしたり反動クーデターを起こしたりする凶暴さはコカイン中毒者を連想する。

わたしは日本の戦国時代などにも、強烈な麻薬の使用が横行していたのではないかと思っている。


102: Fri Jun 18 04:46:36 2010
「アヘン戦争の際は議会において反対の演説を行ったが、当人は登壇前にはいつもアヘン入りのコーヒーを飲んでいることは有名であった。」
グラッドストンについて wikipediaより

ほら・・・

103: Fri Jun 18 04:55:04 2010
第二帝政の崩壊・・・
崩壊ってなんですか?
104: Fri Jun 18 05:17:41 2010
「・・・ヴィットリーオ・エマヌエーレ2世のもとで首相となったカブールは・・・」

「・・・昭和天皇のもとで首相となった中曽根は・・・」


いまでも王のいる国は、日本と、イギリスと、ほかにどこがあるかな?
イタリアはもういないよね?フランス、ドイツ、スペイン、ギリシア、・・・

105: Fri Jun 18 05:23:24 2010
スペイン、サウジアラビア、ニュージーランド、タイ、オランダ、
スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、ベルギー
など。

悪いけど、ぱっとしない国ばっかりだね。

日本とイギリスも含む。

106: Fri Jun 18 05:38:11 2010
ビスマルクがやたら褒められている。
107: Fri Jun 18 05:57:35 2010
「・・・実証主義哲学を樹立し、この流れから、人間社会に自然科学的な一般法則を求めようとする社会進化論がうまれた。」

これぞ、悪魔の最大の誘惑。
108: Sat Jun 19 01:16:43 2010
「こうして19世紀なかごろからアジアは変動期にはいり・・・」

世紀や時代は、「はじめ」「なかごろ」「おわり」の3つに区切られることが多い。

歴史の教科書には事件の起きた年、人物の生没年、王位にあった年などが記されている。

誰もがその数字に目を奪われる。

「800年にカール大帝が戴冠した・・・。『鳴くよウグイス平安京』、日本はその頃平安時代か・・・。」
などと。

ただし、歴史の本質を考えるときに、年というものは、基準にはならない。

世界史を記述するときには、西暦という年代を基準として各地域の各事件の因果関係や影響や、順序を判断する。

しかし、基準といってもそれは数学の座標軸ほどの絶対性は持たない。

教科書でも、ヨーロッパ、アジア、イスラム世界、などと地域をわけて記述される。
ある程度の範囲内では年代が基準となりうるが、歴史は地域を限定して語られ、異なる地域間を並列に語ることは、
あまり意味がない。

たとえば、よく、「大秦王安敦」の使節が中国にきたことが語られ、問われる。
166年のことである。マルクスアウレリウスアントニヌスの時代には中国は後漢の末期だったのか、と知ることは、
歴史の知識としてはあまり意味のあることではない。
109: Sat Jun 19 01:17:13 2010
わたしは今、とても大事なことを語っている。
早急に結論づけてしまわないように気をつけたい。
110: Sat Jun 19 01:21:06 2010
もっとわかりやすい例をあげよう。

教科書の最初にでてくる、人類の出現の記録だ。
「現生人類は約4万年前に出現した」
「前3000~前2700年ころ、農耕文化は、ティグリス川・ユーフラテス川流域に多くの都市国家をうみだし、・・・」

歴史にとって、それ以前の4万年は無いに等しく、前3000と前2700のあいだの300年という期間も、西暦1600年から1900年の間の300年とはまったく意味のことなる300年である。
111: Sat Jun 19 01:23:08 2010
この300年を、同じ時間の経過と考えて、年表も方眼紙などを使って1マス1年できっちりと書くことは誰もしない。
年表の時間軸と言うのはだいたい過去ほど間が狭く、現在に近づくにつれて広がっていく。対数目盛りのように。
112: Sat Jun 19 01:30:37 2010
歴史を学校で勉強して、その学習の成果を確認するために、教師も生徒もまずやってみることが、
事件の起きた年号を覚えることである。

頃あわせで年号を覚えることは、歴史の本質ではないとは、誰もが多かれ少なかれ思っているだろう。

しかし、どんな教科書にも、教科書だけでなく歴史書には、年号が記され、
その年号を基準に前後関係を知り、そこから因果関係をさぐっていく。

イギリスの「ピューリタン革命」でのチャールズ1世の処刑が1649年。アメリカ独立宣言が1776年。フランス革命が1789年。

これによって、ピューリタン革命が市民革命のさきがけとなった、とか、ピューリタン革命の影響でアメリカの独立やフランス革命が起きたとか、もしくは17世紀から18世紀にかけて市民革命が起きた、と概括してそこで時代を区切ったりする。
113: Sat Jun 19 01:38:39 2010
そういう整理をするときには年表というものが便利である。

教科書などの巻末にはだいたい年表が記載されている。

この年表は一見「科学的」で、歴史を客観的に公平にながめることができるように思える。

しかし、さきほど言ったように時間は伸び縮みしているし、縦軸を時間とすると横軸に地域が並んでいるが、
その地域名が年代が変わるにつれて変化している。

たとえば、山川の「もう一度」では、年表が開始したときの横軸は「ヨーロッパ; オリエント・西アジア; 南・北・東アジア; 日本」という4つに区切られているが、
600年~1500年になると「ギリシア・ローマ、ヨーロッパ; オリエント、西アジア; インド・東南アジア; 北・東アジア; 日本」となって、
最終的には「南・北アメリカ、西欧; ソ連・ロシア、東欧; アフリカ、西・南・東南アジア; 中国・朝鮮; 日本」
となる。
114: Sat Jun 19 01:44:25 2010
どう区切るか、どれほど細かく区切るかは年表により異なるが、どの年表でもこのように基準となるべき軸というものが自由に伸び縮みし、ほとんど恣意的といっていいくらいに任意に設定されているのである。

ここに、歴史記述の主観性という問題が表れている。

歴史は完全に客観的に記述することは不可能である。
それは自然科学でも観察すること事態が現象に影響をあたえてしまうのと同じである。

歴史の教科書にしばしば現れる「統一」という言葉。
これは、多かれ少なかれ、誰もが人類が目指しているものと意識しているのではないだろうか。

人類は民族や地域間であい争う時代から次第に友好・平和をきずきあげ、最終的には世界は一家人類は皆兄弟、というゴールを目指すのであると。
115: Sat Jun 19 01:47:34 2010
だが、その統一というのがクセモノで、統一の方法と目的を取り違えるとまったく反対のこととなる。
戦争とはその統一観の不一致で起こる。
116: Sat Jun 19 01:52:20 2010
・・・などと言っている私の立場は何か。

これは、「宗教とはなんぞや」と定義している人と同じで、自分を生から切り離す行為である。

だれもが、何かしらの思想を持つ。そしてそれは、コンビニへ行って弁当を買うかパンを買うかお菓子を買うかを選ぶように選ぶものではない。
117: Sat Jun 19 01:53:21 2010
「どれにしようかな・・・仏教はなんかしんきくさいし・・・でもイスラムは危険だからな・・・やっぱキリスト教が無難かな・・・でもアジア人だからな・・・儒教にしとくか・・・」

なんて。
118: Sat Jun 19 01:56:00 2010
そもそも歴史を記述しようと、誰かの記述した歴史を研究しようと、思い立った時点で、その人はすでになんらかの思想を持っているはずである。

逆にいうと、なんらかの主観的な思想がないと、歴史など書けないし、読めない。

そして、誰もが納得する絶対的な主観が存在しないということは、すべての歴史は偏見であるということでもある。
119: Sat Jun 19 02:08:09 2010
Z会のiPhoneアプリがおもしろい。このシステムは世界史に限らずどんなものにも使える。
フレームワークとして独立して提供されないだろうか。

私も受験勉強や資格試験の勉強のときに問題集は何度か繰り返してやった。
まずはできない問題を探すようにざっとやる。
次に、できなかった問題について知識を補った後、再度問題をやる。
それを何度か繰り返して、できない問題をなくしていく、というのが基本。

ただし問題集をやる弊害というのが、繰り返すうちに問題そのものをおぼえてしまい、
知識そのものではなく問題と答えというセットとして頭にすりこまれてしまうということだ。

これをある程度防いでくれるのが、ランダム出題である。コンピュータの得意技である。

そして、正解した問題と間違えた問題を集計し正答率を即座にはじき出してくれる。

120: Sat Jun 19 02:53:18 2010
19世紀の列強のアジア進出について。

「・・・日本ではヨーロッパの技術や制度を積極的に導入して富国強兵を実現したが、他の地域では、伝統文化や宗教などにもとづく改革をこころみた場合が多く、不徹底に終わり、西欧への従属化を招いた。」

日本が特殊であったということか。なぜ日本だけ、そうなったのだろうか?

そして、今では日本以外の国の「伝統や宗教などにもとづく改革」をおこなった国々の選択のほうが正しかったと言えるのではないだろうか?

少なくとも、今そう考えている人が多い。

欧米の思想も特定の国や人種のひとつの文化にすぎなかったのではないか、と。
それをあたかも時代や地域を越えた普遍の真理であると思い込んで、盲目的に採用した結果、
現在のような荒廃した国になりさがったのではないかと。
121: Sat Jun 19 02:59:30 2010
その時代に起きた似たような事件を列挙して、それを一般化した説明を付ける。それぞれの事件には簡単に原因やそれが生んだ影響などを付加する。そういう書き方がひとつ。
122: Sat Jun 19 03:32:15 2010
今、エジプトでムハンマド・アリーが実権を握ったとかいう記述を読んでいて、エジプト史をまとめてみようかなと思って、そうするとトルコとかスペインとか、みんな書かなきゃいけないなと思ったのだが、そのとき、「それでいいのでは?」と思った。というか、歴史はそうやって、何の歴史なのかという視点というか立脚点を定めないと、かけないのではないだろうか。
そうだ、立脚点だ。視点ではなく。視点というと、客観的な、他人事の感覚だが、立脚点となると当事者意識が感じられる。
123: Sat Jun 19 03:39:37 2010
わたしもやったが、フランスとイギリスを年表形式にならべて、その間に矢印を引っ張って関係等を記述するのはよくやるやり方である。

このときは、フランスとイギリスのどちらの立場でもなく、中立で客観的な立場であるが、そういう立場だと何も見えない。

歴史教科書だって、そういう記述にするよう努めていることも感じられるが、やはりちょっと突っ込んだ記述をする場合はどこかの国や人物に足を定めて書いている。

たとえばサッカーでも野球でも、ほとんどの人はどちらかのチームを応援しながら見るだろう。
ボクシングでもそうだ。

わたしはボクシングが好きなのだが、見るときはどちらかに完全に乗り移って、一方の選手の立場で試合を見る。
そのため、相手がすぐれた有名なボクサーだった場合、その動きを見逃すことになる。
たとえば、大橋秀行がリカルド・ロペスに敗れたときのように。

おそらくこのようなスポーツの見方は人間にとって避けられないことで、
そこからホーム・アウェイという概念が認められるのだろう。
124: Sat Jun 19 03:47:36 2010
高校の受験で世界史より日本史が好まれるのは、暗記内容が多いとか外国語がカタカナでおぼえにくいとかいうことよりも、立脚点が不明あるいはころころ変わることのほうに原因がある。
125: Sat Jun 19 03:47:45 2010
大学受験ね。
126: Sat Jun 19 04:12:31 2010
わたしが予備校に通っていたとき、授業が終わると、事務員みたいな人が来て時々何か連絡事項のようなことを言うのだが、それは単なる事務的な連絡ではなく、必ず心のこもった「お疲れさまでした」から始まる、ある意味担任の先生のような存在だった。

私たちの担当は、30歳前後くらいのメガネをかけた女性だったのだが、彼女があるときこんなことを言った。
「こんなに勉強をすることは一生のうちに二度とないですからね、頑張ってください」

私はその言葉をきいて、よし頑張ろうと思うと同時に、「え、そうなの」と拍子抜けしたところもあった。

しかし、私に限って言えば、その後大学受験以上の熱意をもって勉強したことは何度かある。
浪人して予備校に通ったから、時間的には確かにそれ以上費やすことはできなかったが、
私が自分自身の意志で「勉強」した量というのは、大学受験以上のものであると自負している。

127: Sat Jun 19 04:18:34 2010
そして、わたしは「勉強」というものを、単に社会へ出るためのそして出てからのパスポートのようなものとすることに非常に強い抵抗があった。高校生のときに、すでに勉強や試験は手段に堕していた。
生徒も、教師も、学問自体にたいする情熱を失っていた。教室には喜びも興奮もほとんどなかった。

そのとき私は、大学にいくために手段としている学問が、大学へ行った途端に純粋な学問になるのかということについて疑問を感じていた。すでにうわさで大学生はロクに勉強せずに人のとったノートをうつしたりして適当に卒業してしまうのだということをきいていた。
128: Sat Jun 19 04:20:21 2010
入学してみると、興味のある授業もいくつかあったのだが、その前にやむにやまれぬ事情がうまれて、
どうしても大学へ行き続けることができなくなってしまった。
本当にもったいないことをした。

今でも、特に最近、夢を見る。
私が辞めた大学から、再度入学を許可する通知が届いたとか、
再受験してうかったとかいう、悲しい夢である。
129: Sat Jun 19 11:54:06 2010
いま、世界史の登場人物のなかから偉大な人物ランキング、最低人間ランキングを作ってみようという思いがある。
偉大な人物の候補は、ハールーン・アッラシード、チャンドラグププタ2世、アショカ王、乾隆帝、ヴィクトリア女王など。
最低人間候補筆頭は、セシル・ローズ。彼が登場してこのネガティブランキングを思いついた。ジョン王、ルイ16世、チャールズ1世などは、逆に犠牲者として慰霊したいくらいである。
ジャンヌダルクについては、魔女扱いにされて焼き殺されたことはかわいそうだが、彼女の行動自体はとくに偉大でも感動的なことでもない。
偉大な人物候補にはほかに蒙専制君主のフリードリヒ2世とか。
ソクラテス、孔子、イエスなどは別格。ムハンマドもかな。
130: Sat Jun 19 12:30:40 2010
「ローズベルト」という表記になっている。わたしが習ったときはルーズベルトで、wikipediaでもルーズベルトである。
131: Sat Jun 19 12:50:29 2010
あやうく流されそうになった。

「このような列強の進入に対し、アフリカ人はさまざまな抵抗をおこない、・・・マフディーの反乱はイギリスの南下をおくらせ、またイタリアも・・・エチオピアに侵入しようとして・・・・アドワで撃退された。」

イギリスとかイタリアとかいう言葉が、何を示しているか。
「国」なのだが、それは何か。「もう一度」でも、近代が終わるところで「『民族』の歴史」というちょっと長いコラムがあり、そこに国家と民族について書かれている。

ナショナリズムというのは、アジアやアフリカで植民地となった原住民族が立ち上がるような意味がある一方、
全く別というか逆とさえ言える考えがあって、それが、国家を統合するために国民に与えた作られたナショナリズムというものがある。

いまアフリカについての記述は、まさにその二つのナショナリズムが衝突した事例である。

教科書でも、近代に入ったあたりから、「イギリスが・・・」「イタリアが・・・」という記述が増えてくる。
これは市民革命がおきて議会が成立したから、その議会の決定にもとづいてなされた政策は「イギリスがおこなった」と言うことができる。

だが、それも場合により、たとえば「マッキンリー大統領は米西戦争をひきおこし」とある。
「アメリカがスペインと戦争した」とは書かれない。戦争は議会の決定ではなく大統領の権限でおこなうという違いがあるからだろうか。

それではこれはどうだろうか。
「帝国主義政策は、・・・ディズレーリ内閣時代にはじまっていたが、・・・」

ディズレーリは首相にすぎない。帝国主義的政策を推進しようという意志があり、そういう政策を打ち出したとしても、
議会で決定されていくことはディズレーリの政策ではなく、イギリス国民の政策であると言うべきではないか。


132: Sat Jun 19 12:54:51 2010
つまり、ディズレーリがイギリスの帝国主義をすすめたのではなく、イギリス国民の多数がそれを望んだ結果、帝国主義と呼ばれるような国家の動きが現れたのである。

それが、今日本でも言われる「民意」である。

民意というのは不思議な、実体がないといっていい概念で、選挙で民主党の獲得票が一番多いと、
「民意が民主党を選択した」と言われるのだが、ひとりひとりの選択をそのようにまとめて、
多いほうの意志だけをとって、それが国民全体の意志だ、ということなどできるだろうか?
そんなものが存在するだろうか?

その一方、「小沢幹事長の手腕により民主党が選挙に勝利した」などと、民意などカネや権力でどうにでもなる、
というような言い方もされ、おそらくこちらのほうが真実に近いのだろう。

国は民意などでは動かない。ごく少数の首脳部が大多数をひきつれ、よく言えば指導者としてリーダーとして、率いていく。
悪く言えば思い通りに支配して利用していく。
133: Sat Jun 19 13:10:35 2010
アフリカ大陸や諸島を、英、仏、独、米が奪い合うという記述。

ここは一見わかりやすそうで、善悪や強弱の対比が明白で、「欧米列強は昔アフリカに酷いことをしたよね」と軽く怒りをおぼえつつさらっと読み流してしまうかもしれないが、わたしはまさにこういう記述に納得がいかない。

「ドイツが南太平洋の諸島を占領し、イギリスも北ボルネオを領有し、東部ニューギニアをドイツとわけた。またアメリカは・・・スペインからフィリピン・グアム島をうばい、その間ハワイも併合した。」

「占領する」「領有」「わける」「うばう」「併合する」という言葉が使い分けられている。
このように言葉を変えたのは、ひとつには実際に支配度の差があったとか、支配の形態が違っていたということがあるだろう。
そしてひとつには、同じ言葉たとえばすべてを「占領する」としてしまうと文章が単調になるからという理由もあると思う。
そして、これはほとんど書いた人そして読者の心理的な問題なのだが、あえて言葉を変えると、「多種多様な動きがあったようなこと言ってるけど、要は列強がアフリカを奪い合って植民地にしたんでしょ?」という思いを読者に抱かせる。



134: Sat Jun 19 13:14:04 2010
実際に、たとえば領有とはどういうことをさすのか。
イギリスの軍隊が北ボルネオに行き、ユニオンジャックの旗を山のてっぺんに立てることを言うのか。
戦争によって島や領土をわけるというのは、首脳陣が交渉して二国間で取り決めを交わすということであるのは理解できる。
しかし、ゲームか何かのように人のいない領土を早い者勝ちでとっていくというのは、どういうことか。
135: Sat Jun 19 13:21:13 2010
南米大陸については盛大な虐殺があったことがよく言われるが、その記述がないところに虐殺はなかったのか。
虐殺なしに支配するとは、植民地化するとはどういうことか。現地の原始的な社会の長に対して身振り手振りで「俺がお前達を支配するから言うことを聞け」と伝えるのだろうか。食べ物などを与えて、その代わりに奴隷をして働かせるのだろうか。

わたしは別に欧米諸国の過去の悪行をあばきたいわけではない。

戦争を根絶するとか、民主的な社会の実現とか、平和とか、民族の自立とかを語る際に、
過去にあったこれらの出来事が一体なんだったのか、その結果が今どのように結実しており、あるいは、
禍根を引きずっているのかなどを把握しておく必要がある。

日本が韓国を併合したことや、南京事件だのが批判されるときに、われわれはどう対応すべきなのか。
「もうしわけない」とあやまるべきなのか。「戦争はどの国でもしてきたことだ、しかたのないことだ」と突っぱねるべきなのか。それとも、「世界は弱肉強食だ、くやしかったら国力をつけて対抗してみろ」と言うべきなのか。
136: Sat Jun 19 13:57:59 2010
豆知識

ジェームズ1世の母はメアリ1世だが、これはbloody Maryとは別人である。
ジェームズ1世が命じて翻訳された聖書は欽定訳聖書といわれるが、英語で言うと King James Version である。
そして彼は、ホモだった。
137: Sun Jun 20 00:46:14 2010
第一次世界大戦まで来ました。

「ボスニアのサライェヴォでオーストリア帝位継承者夫妻がセルビアの青年によって暗殺された」

わたしが高校生のときは、「オーストラリア皇太子」と習いましたが、日本の皇室じゃないんだから、ってことで、
変わったのでしょう。
138: Sun Jun 20 00:46:33 2010
オーストリアね
139: Sun Jun 20 01:14:31 2010
世界大戦のくだりに来ると、どうしても雑になってくる。あい矛盾する秘密外交とか、総力戦とか、正気の沙汰とは思えない。
この後第二次大戦が起きて、冷戦状態になって、50年後に壁崩壊ね、はいはい、となってしまう。
140: Sun Jun 20 15:06:46 2010
政党制、政党政治といわれるものは、資本主義と同様、なにかの理想にもとづき誰かが提唱して努力して実現されたものではなく、「自由」な状況で自然発生したものである。

しかし、民主主義は王や独裁者の首を落としてまで勝ち取った努力のたまものである。

そして、厳密には民主主義と政党制は矛盾する。

141: Sun Jun 20 22:45:19 2010
ノートをとっているが、横書きである。多分、ノートを取るときに縦書きなのは古文と漢文くらいだろう。
さて、日本語を特に横書きしているときに、字によっては流れが滞ってイライラすることがある。
議会、撤廃、主義、運動、国際、協調、民衆とか。

まず、国という字。そんなに複雑な字ではないが、横書きで文字を書いていて「国」という字が出てくると、
くにがまえの底がぬけた形を書いて、その中に玉という字を書き、最後に底にフタをする、というペンの動きになる。
これは流れを断ち切る。

私は「現代書道三体辞典」というものを持っている。
漢字の楷書、行書、叢書がならべて書かれているものである。
なんでこんなものを買ったのかよくおぼえていないが、私はこれを使って、字を簡略化して書くようになった。

しかし、字によっては原型がわからなかったり、国のようにあまり略せてないものもある。

そこで私は今、ノートをとりながら、自分で略字を考えている。

そのときに参考にしているのは、一つは先ほど言った三体辞典で、もう一つは中国の簡体字である。

どちらも、ほとんど原形がわからないくらい変化している。

だが、今われわれが使っている字でも、たとえば刺激とか、歯とか、国とか、神とか、学とか、訳とか、
大胆に略されているものがある。亀とか。

だから私は、あたらしい文字を作っているのだ。
それは、西夏文字とか、突厥文字とか、チベット文字などが、他の文字を参考にしてとりいれて作ったのと同じようなことだ。

今はただ字を略しているだけだが、文法やいいまわしもずいぶん簡略化している。

142: Sun Jun 20 23:04:10 2010
漢字は複雑で書く流れを阻むのだが、カタカナも困る。カタカナは外国語を翻訳せずにそのまま書けるのだが、
表音文字の言葉をひとつだけ取り出してカタカナで書いてもただの音でしかない。
それが人名であれば、たとえばジョンとか、リンカーンとかであれば、まあいいのだが、
時々固有名詞でないカタカナが出てくる。

スターリング・ブロック(ポンド・ブロック)、ナロードニキ、クリオーリョ、プランテーション、カイザー、ツァーリ、シパーヒー、ヴァルナ、ジャーティー、コメコン、プロテスタント、ルネッサンス、ゴシック、ロマネスク、イスラムとか。

また、固有名詞であっても、たとえば日本語なら鈴木というのは鈴と木という意味のある名詞が付いているとか、
中田、川田、太田、山田などについている田の字は田んぼの田であるとかいうのがわかるが、
かたかなでツォンカパとかラタナコーシンとか、アフガニスタンとか、だとよくわからない。

そういう時は、カタカナよりも原語をそのまま書いたほうがいいので、英語やフランス語くらいなら原語を書いたりする。
Rooseveltとか、charlemagneとか。

143: Sun Jun 20 23:07:33 2010
ソヴィエト、ナロードニキ、ボリシェヴィキとか。
144: Sun Jun 20 23:17:56 2010
教科書でもそういうことは一部考慮されている。たとえば

「草の根」(グラスルーツ)
旧制度(アンシャン・レジーム)

とある。草の根はもう日本語として一般的になっているが、もともとは英語だったのだろうか。

「コモンセンス」

などは、ふつう「トマス・ペインは『常識』を書いた」とは言わない。
一方、feudalismは封建制と日本語にするのが普通でフューダリズムとはあまり言わない。
門戸開放宣言は、Open Door Policy
棍棒外交は、Big stick diplomacy
社会革命党(エス・エル)

この辺は、翻訳不能だからカタカナにする、一般名詞は日本語にする、固有名詞はカタカナにする、
などと、言葉に応じて使い分けているのだろう。
145: Sun Jun 20 23:23:32 2010
エスエルはロシア語で、Партия социалистов-революционеров だそうだ。
カタカナにすると、パールチヤ・サツィアリースタフ・リヴァリュツィアニェーラフで、
ロシア語のアルファベットでいうと、エス・エルになるのだろう。
146: Mon Jun 21 01:55:07 2010
最近使うようになったのが、;(セミコロン)。「イギリスでは、」とかいうときに「英;」とする。これが便利。
「では」以外にも、「1930年代;」「10世紀後半;」とかでも使える。
147: Mon Jun 21 02:05:40 2010
はい、ヒトラーが出てきました。世界史の登場人物で悪人選挙をやったらトップ候補の筆頭としてあげられる人物であろう。
しかし彼と彼の率いた党は、民主主義による選挙で第一党となって権力を掌握したのである。
「ナチス」というと変態狂信集団のように聞こえるが、「国民社会主義ドイツ労働者党」という、とくに変わったところもない、社会主義政党名である。つまり、ドイツはヒトラーによって狂気に走ったのではなく、ドイツ人の民意がヒトラーを選び、ドイツ人が望んで狂気に走ったのである。
148: Mon Jun 21 02:08:10 2010
山川教科書史観による見方であるが、全体主義というものは、やはり経済的な遅れのあるところに生まれる。
ドイツ、中国、ロシアなどがそうである。日本も多分、そうであろう。
149: Mon Jun 21 02:13:27 2010
世界史を学ぶ意義を、冷静に、常識的に考えると、「ヒトラーやスターリンを二度と生まれさせないようにするにはどうしたらいいか」というための勉強だと、なんとなく思う高校生は多いだろう。教師も、生徒にはそういう考えをもってくれれば教えやすいと考える人がおおいかもしれない。

しかし、わたしは少なくとも教科書を読んでいる限りでは、ヒトラーもスターリンも毛沢東も、イギリスやフランスの絶対王政も、モンゴル帝国も、イスラム帝国も、別にある人物や団体の意志だけで出現したものではないと感じる。

何もないところに、さいころを振るように確率的に悪人が生まれるのでも、宇宙からUFOに乗って地球を侵略するために降誕してくるのでも、過去に苦しんで死んだ人間が復讐するために生まれ変わってくるのでもなく、その時代の状況や他国との関係、他国からの影響によって、人が行動を選択し、その中でめざすべき方向が徐々にさだまって、「思想」となって結実していくのである。
150: Mon Jun 21 03:14:19 2010
第二次世界大戦。世界史のクライマックス。この戦争を理解するために歴史を学ぶといってもよいだろう。

教科書には、ドイツがオーストラリアを併合するところから始まり、ズデーテン地方の併合、スロヴァキアの保護国化、ポーランドと侵攻していく記述がある。それに対して英仏が抵抗、ソ連も参加、イタリアも参加となる。
151: Mon Jun 21 03:20:12 2010
ここからどうして日本までまきこむ世界大戦になるのかなとコーヒーをいれつつ疑問に思って読み進むと、
「フランスがドイツに降伏したのに乗じて1940年9月フランス領インドシナ北部に軍事進駐し、また日独伊三国軍事同盟を結んだ」
とある。

思わず、「バッカじゃねえの?」とつぶやく。

・・・しかし、わたしももう42歳。
学校を出て、社会に入り、仕事をし、酒を飲み、タバコをすい、年代のことなる人と出会い、話をし、
ときには怒られときには笑われごくたまにほめられ、ほとんどの場合わかりあうことなく別れ、
本も読み、映画、テレビ、新聞などもざっとながめてきて、思うことには、

おそらく戦争というのは、たとえばヒトラーとか東条英機とか、スターリンとかムッソリーニとかが、
世界征服をたくらみ、日本でいえば大東亜共栄圏を建設するとか、ソ連なら共産革命を世界にひろげるとか、
そういうものが起こしたのでは「ない」。

むしろ、たとえゆがんだものであろうと、目指すもの、掲げる理想の欠如が、このような侵略行為となったのだ。
152: Mon Jun 21 03:22:53 2010
わたしは先ほど、ドイツ人の民意が狂気を生んだと書いたが、それは日本でも同じだ。

戦争は、最終的には独裁者がおこすものかもしれないが、そこまで導いていくのは、やはり民意である。

戦争と言っても古代におこなわれた領土拡張のようなものではなく、議会制度がととのい、選挙も憲法も存在する国家どうしが争うような戦争のことである。
153: Mon Jun 21 03:27:22 2010
先ほどの仏領インドシナ進駐が、フランスの降伏に乗じておこなわれたというのが、それをよくあらわしている。
実際の進駐がそんな簡単なものであったかどうかは一概に言えないかもしれないが、たぶん、実情はそういうものだろう。

もし、本気で大東亜共栄圏の建設を目指していたのなら、もっと軍備を充実させ、周到に準備し各国との連携もととのえたうえで戦争を始めるべきであっただろう。しかし、実際はそんな大それたことは誰も本気で考えていなかったのである。

誰だって、ほどほどの生活をして、自分が自由に楽しく暮らしていられれば、好き好んで戦争など起こさないのである。
それは首相や大統領になるような人でも同じことである。

ただ、自分の生活が不当におびやかされて、自由を奪われていると感じたときに、そしてそれが単に個人に限ったものではなく、ある国家とある国家の関係や制度が根本的に問題だと感じたときに、それをどうにかしようと、政治に身を投じたり、革命的な運動を起こそうと思うのである。
154: Mon Jun 21 03:28:48 2010
そう、思想が初めにあるのではない。
貧困や圧制や差別による苦労と不自由があって、それが人に本来あるべき社会の姿を描かせるのである。

155: Mon Jun 21 03:35:45 2010
では、戦争を撲滅するために必要なものはなんなのか。
「石をパンにかえる奇蹟をおこなう神の子」だろうか?

そうではない。各個人の道徳心である。

世界史をずっとながめてきて、英仏両国が常に冷静で、一歩ひいたところにいるのを感じた。
アメリカもそうである。

そして、そうなったのは、キリスト教(プロテスタンティズム)によるのではないかと、
わたしは仮定してみたのだが、これはほとんど真理に思えてならない。

キリスト教、儒教、仏教、ヒンズー教、イスラム教、その他、人がお互いに殺しあえという教えを原則としているものはない。

十字軍とか、聖戦とか、教化の名のもとに結果的には戦争や侵略や征服となったこともあるが、
それは暴走であり、解釈の違いまたは誤解である。

宗教こそが戦争の原因だと言う意見も真実のように思える面もあるが、
それは本来の信仰から離れた宗教のせいである。
156: Mon Jun 21 03:41:39 2010
ある高邁な思想、深遠な理想があり、それを会得した一般人より優れた存在があって、それが多数の凡夫を救済する、
というのが多くの人の宗教観であり、それは聖職者(神父、牧師、僧侶など)のなかにさえある考えである。

そのような考えであれば、頑迷で受け入れることのないもの、あるいは他の信者を攻撃するようなものは殺してもかまわないどころか、積極的に殺すべきだろう。

旧約聖書には、神みずから異民族を討つことを命じているような記述さえある。
157: Mon Jun 21 03:42:33 2010
イスラエル人が、その民族を滅ぼすことが徹底していなかったことを責めたりする。
158: Mon Jun 21 03:45:25 2010
しかし、これと現代の国家間の戦争は違う。

国家間の戦争は、思想や理想や信条にもとづいてはおこなわれない。
なぜなら、民主主義がひろまっているからだ。

独裁者が専制支配している国なら、それもあるかもしれないが、
いまやそんな国は世界でも少数で、もし古代のような侵略戦争をはじめたらどうなるかはわかっているだろう。
だから、現代では世界制覇を目指すような野望が戦争に結びつくことはまずない。
159: Mon Jun 21 03:48:20 2010
むしろ危険なのは、なんの理想も信仰もなくなったときである。
人が動物のように、自己の利益だけをもとめて、合理的に行動するようになったときである。

「戦争は不合理な行動だから合理的に行動していれば起こらない」
というのは、合理主義者が陥る誤りである。

そもそも、合理主義で社会がなりたつと思っている時点でわかっていないのである。
生きていくことは、毎日不合理と理不尽の連続である。
合理的な行動で生きていけるのは、すでに制度化された企業内の業務とか、役所の事務作業くらいである。
160: Mon Jun 21 03:49:30 2010
「無目的な利己主義にもとづく行動が戦争を生む」

これが私が約2週間かけて世界史の教科書をじっくり読んで到達した結論である。
161: Mon Jun 21 03:52:33 2010
そして、戦争を生むのは独裁者ではない。名も無き民衆のひとりひとりである。
個人では戦争が不合理で自分にとってさえ不利益であることは、個人はわかっている。
しかし、そのような個人が集まった社会で、民主主義によって、多数決によってものごとを決定していく場合には、
個人では誤りであるとわかっていること、不適切だと感じていることが実現されてしまうようになる。

これは、日本に限ったことではない。国民性などの問題ではない。
ポリシーのない人間の集合は、暴走する。
162: Mon Jun 21 03:59:04 2010
キリスト教徒は、罪の概念を持っている。
それは、簡単に言うと性悪説だ。厳密に言うとむしろ性善説なのだが、人が罪びとであり、救い主を必要としているという思想。

それを持っているから、ただ合理的に自己の快適を求めるだけの行動を抑制できるのだ。
それが欧米人なのだ。だから、われわれは欧米人に習ってきたのだ。

「欧米人は合理主義的だ」と考えている人が多いと思うが、わたしはむしろ逆だ。
人間が生まれながらに罪びとであるというこれいじょうない不合理を受け入れている。

欧米人は不合理を前提に生きているから、合理的なものを求め、合理的に考える。

今の多くの日本人は合理を前提に生きているから、不合理に対応できず、不合理を避ける。
163: Mon Jun 21 03:59:19 2010
ちょっと暴走しすぎか。
164: Mon Jun 21 04:11:03 2010
第二次大戦終結間際のソ連の参戦とその密約は、腑に落ちないものがある。
アメリカ人もみんなが敬虔なクリスチャンなわけではないからな。
165: Mon Jun 21 04:15:17 2010
あと、最近よく聞くのが、「第二次大戦(とか真珠湾攻撃とか満州事変とか)は、日本にとって無謀だった、勝ち目のない戦だった、それをわかっていなかったのは愚かなことだ」という意見。

じゃあ何か、勝ち目のある戦争なら肯定するのか?
わたしが言っている「合理的で利己的な行動」というのは、まさにこういうことを言う人の事を、言っているのである。

こういう人が、戦争状態になったときに暴走するのである。
戦争が勝つか負けるかなど、誰にもわからない。「無謀だとわかったはずだ」といえるなら、「無謀ではない、勝てる戦争だ」とわかるはずでもあるということだ。

最初から負けるとわかっていたら戦争しないだろう。
「明らかに負けるとわかっていたのに」
などと、今頃になって資料を調べ上げて語って何になるというのか。

わたしは今ある人間の顔を思い浮かべながら書いている・・・。
166: Mon Jun 21 04:28:52 2010
ドイツがヒトラーを生み(そう、ヒトラーはドイツ民衆が生んだ人間だ)、戦争を起こしたが、最終的には米・英・ソに攻められ敗北した。盲目的な利己的な行動は、最終的には合目的的な、理想にもとづいた行動に負ける。

しかし、そこで勘違いしてほしくないのだが、「理想をもった戦争をすべきだ」と言いたいのではない。

攻撃的な挑戦的な行動は争いを生み、ちいさなことであれば相手を引き下がらせて、一見勝利したかのように見せることも可能であろうが、そのような行動を繰り返していけば、敵も増えるし、仲間の信頼も失って裏切りや和の乱れを生むだろう。
そして大事な局面では破綻して、和を貴び協調を重んじる行動に屈服することになる。

ああ、なんというあたたかい思想だろう・・・
167: Mon Jun 21 04:31:49 2010
そして私の敵は、読書や学問も、自己の幸福と快適のためだと言う。

それを怠った人は苦労し貧困を味わう。そしてそうなった人の事など知らないと言う。
社会は厳しいという。努力しないものは落ちぶれて強者の餌食となるのだと言う。

わたしは、そうは思わない。
168: Mon Jun 21 04:38:04 2010
わたしは6月8日の夜から、突然世界史教科書を読み出して、第二次大戦終了のところまで来た。ノートも大学ノート2冊くらいにビッシリ取った。Z会の問題集も合間にやった。酒もやめたし、仕事が終わって家に帰ってから、まさに寝る間も惜しんだ。土日も同じようだった。

しかし、私はこれを、自分が幸せになるため、自分が貧しくなり苦労しないために、苦労して勉強したとはまったく考えていない。

読書も同様である。いやいやしているのではない。義務感のようなものを感じることもあるが、
それは自分が何かをつかむために必要だと思うからであって、それによって何か地位を得るとか資格を得るとか、
カネになるとかいう思いは全くない。

そういう考えがイヤだから大学をやめたのだ。

本心から学びたいという気持ちがわきおこるまで勉強はしないことにしたのだ。

そしてその気持ちが42歳になってようやくわきおこったのだ。

まったく苦など感じていないのだ。
169: Mon Jun 21 04:39:30 2010
むしろ私はこのことによって仕事に差し支えて、仕事をやめようとさえ思っているのだ。
あきらかに私はこの「勉強」によって損をしているのだ。

でも、私は今までの人生で感じたことがないほど、楽しく幸福なのだ。
170: Tue Jun 22 02:20:21 2010
「大戦中、ナチスの占領下で抵抗運動を続け、ソ連の軍事力によって解放を実現した東欧諸国では、戦後、ソ連の指導下に社会主義圏が形成された」

「東欧諸国は、大戦中にナチスの占領下にあった。」
「東欧諸国は、ソ連の軍事力によって解放を実現した。」
「東欧諸国は、戦後、ソ連の指導下に社会主義圏を形成した。」

この3つがさらりと、当然の帰結として起こったかのように書かれているが、
「ソ連に解放してもらったのだから今後もソ連のお世話になろう」なのか
「解放してやったんだからいうこと聞け」なのか
「もともとソ連の配下にあったようなものだった」のか、
そのあたりはぼかされ、読者の判断にゆだねられている。
171: Tue Jun 22 03:03:04 2010
朝鮮戦争中にソ連が国連安保理を欠席し、出席していれば常任理事国なので拒否できた国連軍派遣を許したのは、アメリカを参戦させることにより、ヨーロッパでの社会主義化をすすめる時間稼ぎをするためだとスターリンが言っていたことがニュースになっていたのを知った。2008年に韓国の学者が発表したそうだ。
172: Tue Jun 22 03:05:43 2010
「もう一度読む」は」2009年発行で私が持っているのは2010年11刷だが、もちろんそんなことは書いていない。
朝鮮戦争が始まったきっかけも明記されておらずなんとなく緊張が爆発したかのように書いてある。
173: Tue Jun 22 04:11:06 2010
「キューバでは、1959年にカストロが、アメリカ資本に支持されてきたバティスタ政権を打倒し、革命政権を樹立した。」

政権を打倒? 革命政権を樹立? どういうことだ?

・・・と、カストロ、ゲバラについてのwikipediaを読み、感心してしまう。
カストロは野球選手だったのか・・・。ゲバラは医者だったのか・・・。

ただのヤバい破壊思想の持ち主だと思っていたよ・・・。
174: Tue Jun 22 06:07:39 2010
ベトナムの北爆をしたときの大統領は誰かなと調べていて思う。
北爆をした大統領は誰なのか、キューバ危機を招いたのはそしてそれを回避したのは誰なのか。
911のときにアフガンを爆撃したのは誰なのか、イラクを攻撃したのは誰なのか。
逆に911でツインタワーに飛行機を突っ込ませたのは誰なのか。
ビンラディンとブッシュの戦いなのだろうか?それに国民が、世界中がまきこまれたのだろうか?
大統領やテロリストたちは、世界を舞台に、名も無き市民や国民達を使って、ゲームでもしていたのだろうか?
テレビのニュースや新聞や、人々のおしゃべりを聞いていると、みんなそんなふうに考えているように見える。

しかし、これらも、極論を言えば民意なのだ。
よく、大統領が国民にアピールするために強硬な外交政策をとるとか言うが、
そのようなアピールや選挙対策というもののために何かをするということは、つまりは、国民がそうさせている、
つまり、国民が大統領を動かしている、ということになる。

そしてそれは、不思議なことでもけしからんことでもなく、大統領は独裁者ではなく国民の代表であるから、
それがあるべき姿なのである。

それは、日本の総理大臣についても同じことである。
選挙目当てのポピュリズムが批判されるが、ポピュリズムというのは民主主義のことであるといってもよいのだ。

わたしは、一国の首相が、自分が首相であることを目的として政治をおこなうようなことはごく稀であると思っている。

首相の行動は、国民の行動なのである。
175: Tue Jun 22 06:21:22 2010
こういう発想ができる人は、自分でいうのもアレだが、なかなかいない。
わたしも見たことがない。

そして、このような発想にもとづいて行動することを、学校の教師や会社の上司は驚くと共に喜び、ほめる。

わたしはそれを、素直でやさしく従順な性格であるだけだと思っていたが、そうではないようだ。

なぜなら今、私は自分のようなリーダー感に共感してもらえないことに強く不満を感じているからだ。
176: Tue Jun 22 06:25:43 2010
歴史をながめて感じることは、経済が非常に重要であるということ。
それは誰もが感じているだろうが、難しいのは、経済が繁栄して国が繁栄するのか。
国が、つまり大統領や首相や国王が正しい政治をおこなって経済が繁栄するのか。
はたまた、経済が繁栄するのは気候や土地やらの偶然のたまものなのか。
これが不明であることだ。

だから、不況になれば、政治家は経済状況のせいにし、
企業家や労働者は政治家のせいにする。

戦争に負けて多額の賠償金を負って苦しめば、資本主義を憎み全体主義を夢見る。
177: Tue Jun 22 07:07:07 2010
なんかどんどん言うことが月並みになってきたけど、
大事なのはニンゲンだ。社会でも国でもなく。社会や国がととのってまともなニンゲンができるのではなく、
その逆で、まともなニンゲンがまともなクニを作る。
178: Tue Jun 22 07:40:38 2010
読了。
最後は現在の元首の羅列のような記述で読むのがつらかった。

最近の文化や芸術をどうとらえるのか楽しみにしていたが無視されていた。

911や「ターリバーン」、オバマにも触れられていた。「『変革』をスローガンに」と書かれていた。

こうして最近の動向をずらずらと並びたてられると、やっぱりアメリカが行き詰って中東に触手を伸ばした、
という風に見えてしまう。さすがにわたしは911が自作自演だとまでは思わないが。
179: Tue Jun 22 07:41:59 2010
タイがずっと独立独歩しているのが不気味だ。
あのあたりはゴチャゴチャしてるが、そのうち統合がすすむんじゃないだろうか。
180: Tue Jun 22 07:46:33 2010
チャウシェスクの処刑はかわいそうだ。
チャウシェスクに限らず、たとえ独裁者であろうと捕らえて一方的な判断で処刑するのも独裁と同じだ。
それは暴力革命でも同じだ。

ゴルバチョフは偉大だった。

181: Tue Jun 22 07:47:14 2010
あと、インドで首相を暗殺している勢力は一体なんなのか。
182: Tue Jun 22 07:48:29 2010
シク教か。シーク教のことか。
183: Thu Jun 24 04:44:35 2010
ずっと教科書の文字ばかり追ってきて、どこにどの都市があるとかをほとんど知らない。
長安の位置もわからない。

というわけで、スケッチブックに地図を描いてみた。

まずは中国。
まず目印というか基点になるのは遼東半島、山東半島。
そこから海岸線を描いて南下していき、香港、海南島のあたりへ至る。
台湾を描く。

山東半島の付け根、北側から黄河を描く。
実際は山東半島のほうが下流で当然そちらへ向かって流れているのだが、
地図を描くときは下流からさかのぼる。

黄河は内陸にはいって急に北上する。
そして西へ進みまた南下して、でっぱりを描くようにして、西の源流へ向かう。
そして、その最初に北上するところからイスイが分岐している。
これも実際は西からの流れが合流している。
そして、そのイスイ沿いの北に咸陽、南に長安、今の西安がある。
184: Thu Jun 24 04:50:32 2010
次は長江だ。
山東半島と台湾の真ん中あたりにちょっと三角形に欠けたところがある。
そこが長江の河口で、上海がある。
長江は少し蛇行はするが黄河のように急カーブは描かず、西へのびる。
長江沿いには、東から南京、武昌、重慶などがあり、重慶のやや北に、成都がある。

重慶・成都のあるあたりは盆地である。四川盆地というらしい。

そして中国は大部分が山であることに気付く。

平地なのは山東半島付近の北東部と、川沿いと、
上海、広州・香港付近くらいか。

185: Thu Jun 24 04:52:19 2010
さらに西のほうにはヒマラヤとか砂漠もある。
地形を考慮せずに版図だけみるとモンゴル帝国は信じられない広大さだったが、
実際には広い山や砂漠が大きな面積を占めている。
ロシアもそうだ。
186: Thu Jun 24 04:54:04 2010
「日本のようなちっぽけな島国」とはよく言われるが、
それを考えれば中国やロシアをそんなに恐れることもない。

むしろ四方を囲む海は天然の防壁である。
187: Thu Jun 24 04:55:42 2010
それから中国やヨーロッパ特に東部のように、多様な民族がいるわけでもないので、
それらの習慣や風俗の違いとか宗教上の対立もほとんどない。
188: Thu Jun 24 04:59:29 2010
地図といえば、非常に目立ち面積も広いオーストラリアは、世界史に全く出てこないと言っていいくらい、何もない。

クックが探検して先住民がアボリジニだということを問われる程度だ。

それも、広大な砂漠のせいだろう。
189: Thu Jun 24 05:02:58 2010
ギリシャも、イタリア(ローマ)も、小さな、こちゃこちゃした場所である。
人間が暮らして文化を育むには、そういうところのほうがいいのだろう。

あんまりだだっ広くても、酷暑だったり乾燥していたりするのでは、
落ち着いてモノも考えられないだろう・・・。
190: Thu Jun 24 05:11:20 2010
アメリカ、日本、イギリスと、比較的安定した歴史を持つ国は、
みな適度に地理的に孤立している。

インドシナ半島は、ベトナムやカンボジアのあたりは外敵にさらされすぎているのではないか。
タイはうまい具合に北方を山に、南方を海に守られ、
マレー半島がまるでガードのように延びている。ベトナムやカンボジアという、
イメージ的には貧困や戦争のイメージの強い場所と一線を画しているのはそのような地理的な要因もあるだろう。

最近もあったが、軍隊がちょくちょく騒ぎを起こすものの、基本的には落ち着いているのではないか。

一度行ってみタイ。
191: Thu Jun 24 05:16:40 2010
ギリシャと似たようなローマがギリシャより栄えたのも、アルプスという防壁のおかげだろう。
地図をみていると、緑色のヨーロッパに、クレヨンで描いたように、アルプスがイタリア半島にフタをしている。
ギリシャにはそのフタがないことが、短命だった理由ではないだろうか。

192: Thu Jun 24 05:56:34 2010
最後駆け足になってしまった第二次大戦あたりについて、
年表などを書きながらつくづく感じたのは、ヤルタ会談での密約のえげつなさだ。

フランクリン・ローズベルトは歴代大統領のなかでも非常に評価が高く、ワシントンやリンカーンとならぶ。

しかし、よりによって共産主義国のソ連と密約を結ぶなどということを、
どうして最後の最後にしてしまったのだろうか?

チャーチルとローズベルトは何度も会談をしているが、この二人はいったいなんだったのか?
193: Thu Jun 24 14:55:26 2010
さて、いろいろと疑問や混乱が残っているが、とりあえず私の見聞は一気に広まった。

新聞から得られる情報が1割くらい増えたような感覚がある。

それでも、まだ2、3割だが・・・。

日経新聞は40ページくらいあるが、わたしはそれを電車の中で10分もかけずに読む。
読むといっても、見出しすら全部は読まない。大きな見出しで気になる単語があったらちょっと読んでみる。

記事を最後のマルまで読むことはない。
今までの人生でも、5回もないと思う。
194: Thu Jun 24 15:03:06 2010
というわけで、世界史集中講義はこれにて終了する。
たぶん、どこかの高校世界史の授業1年分くらいの密度だったと思う。

1年は52週として、週に1時間で52時間。夏休みなどは考慮しない。

今回の世界史独習は6/8から24まで、17日間。1日3時間として51だが、
3時間は余裕で越えているはず。少ないときでも10時から2時の4時間、
休日は10時間くらいやっていた。

用語の記憶などは大学受験当時よりやや劣るかもしれないが、理解度は間違いなく今のほうが上だ。
195: Thu Jun 24 15:05:26 2010
次のターゲットは、数学。
数学Ⅰ、数学A、数学Ⅱ、数学Bの教科書をすでに買ってきてある。
あきらかに内容が薄い。

これも集中独習をやった後、センター試験をやってみる。
Wed Jan 16 16:54:43 2013
詳説世界史Bを読んでいる。Z会のiPhoneアプリ問題集をやっていたら、いつまでたっても半分くらいしかできないので悔しくなって、これは教科書を読まないとダメだ、と一念発起し、とりあえず全問を1度は正解した。
196: Wed Jan 16 16:56:40 2013
歴史の教科書のような文章を読む機会は、受験生だった頃から今までまったくなかった。その特殊性は何か?ひとつは非常に圧縮されているということ、ムダがないということ、そして主観性が極力拝されていることである。
197: Wed Jan 16 16:57:14 2013
排されて
198: Wed Jan 16 17:02:22 2013
歴史というのは、「実際に起きたことをそれが起きた順に記述していくこと」と思っている人が多いのではないだろうか。私もそうだし、それでほぼ正しいと思う。国語辞典では「現在残されている物から知ることのできる、人間社会の移り変わりの過程や、そこに見られる個々の出来事。」とある。
199: Wed Jan 16 17:05:19 2013
教科書から引用。「宋の西北辺境の陝西・甘粛方面には、チベット系のタングートがおり、近隣の土蕃やウイグルを破り、やがて独立して李元コウが皇帝を称し、国号を大夏とした(一般に西夏とよばれる)。西夏は中国と西方を結ぶ通商路の要をにぎり、しばしば宋に侵入した。仏教がさかんであり、漢字の構造にならった西夏文字で多くの仏典が翻訳された。」
200: Wed Jan 16 17:07:32 2013
まず違和感を持ったのは、「大夏」と称したのになぜ「西夏」と呼ぶのか、ということである。これはおそらく、「大夏」というのはタングートの李ゲンコウの「自称」にすぎず、中国全体から見れば西の方にある小さな国に過ぎないので、「西夏」と呼んだ、ということなのだろう。
201: Wed Jan 16 17:11:25 2013
でも、これは今回再度世界史の教科書の中国に関する記述を読んで思ったのだが、「中国」というくくりでこのユーラシア大陸の東方、現在中華人民共和国が統治している領域の歴史を語るのは無理があるのではないかということだ。秦、漢、隋、唐、元、明、清などをかいつまんで述べていくうちはいいが、もう少し踏み込んで北方の遊牧民の匈奴とか突厥とか、さっきの大夏とか、柔然とかウイグルとか、そういうものがからんでくると混乱してくる。民族も多様である。
202: Wed Jan 16 17:15:48 2013
今回の通読では、「朝(ちょう)」というものを意識した。これはヨーロッパでもイスラームでもインド、東南アジアにも出てくる。ところが、中国では「朝」という言い方をしない。これは、中国では「朝」=「国」となっているからだろうか。中国でも「清朝」とか「明朝」ということもある。でも、「唐朝」「隋朝」とはあまり聞かない。
203: Wed Jan 16 17:19:44 2013
清の最後の皇帝は「愛新覚羅溥儀」と呼ばれることがある。清の開祖は教科書では「ヌルハチ」となっているが、wikipediaを見ると「愛新覚羅弩爾哈赤」という名があることがわかる。「中国の愛新覚羅朝」ということである。
204: Wed Jan 16 17:21:34 2013
もうひとつ引用。「1871年1月、ヴィルヘルム1世はヴェルサイユでドイツ皇帝の位につき、ドイツ帝国が成立した。」

「帝国」とはなんだろうか?何をもって「帝国」と呼ぶのか?もしかしてこれは「言ったモン勝ち」なのか?
205: Wed Jan 16 17:23:46 2013
「言ったモン勝ち」といえば、これに限らず、いつでもどこでも、「誰々が何々をひらいた」「誰々が何々をたてた」と書いてあるが、一体何をもってそれが「国」やら「王朝」とされるのか。王、皇帝などは誰が認めてそれになるのか。
206: Wed Jan 16 17:26:08 2013
「王権神授説」という思想について教科書にも説明されるが、ほとんどの人がこの考えは根拠がなく滑稽だとさえ思うだろう。王権神授説を唱えた人の著作を読んでみよう、と思う人もほとんどいないだろう。
207: Wed Jan 16 17:28:45 2013
しかし確実に過去の国々や王朝は存在していた。広大な領土を支配し、大勢の民を支配したことは語り継がれているし、巨大な遺跡や建築物がそれをものがったっている。それらの国々が国として、それらの国々の王が王として存在した根拠はなんだったのか?今われわれが、私が、国を建国し王朝をひらくことができるだろうか?
208: Wed Jan 16 17:32:25 2013
オウム真理教が世間を騒がせたときに、私はテレビや新聞が「麻原ショウコウ」とか彼らの作った役職の「法王庁(だっけ)」などの呼び名をそのまま使っていることに違和感があった。あんなものは彼らの自称にすぎない。「麻原こと松本」と呼ぶべきだと。これも多くの人に理解してもらえることだと思う。では、オウム真理教と、その他の国々、たとえばフランク王国とか、アケメネス朝ペルシアとか、突厥とか、ドイツ帝国などとなにが違うのだろうか?
209: Wed Jan 16 18:32:24 2013
これは多くの人がしていることで、私もしたことがあるが、教科書をまとめて図にするということについて、私はやめた方がいいように思い始めている。一度読んだことを整理して図にしてアウトプットすることは勉強しているような気がするが、その効果、メリットはあまりないように感じる。
210: Wed Jan 16 18:34:52 2013
まず、私はそのような「図」を見ると、頭の中で文章化してしまう。文章を読んだときにも頭の中で整理して図にすることもある。
211: Wed Jan 16 18:38:08 2013
自分が図にするとき、矢印を書いたり、イコールで結んだり、点線でつないだり、色をつけたりするが、そういうことをする時には自分で何がどういうことを意味するかを定義している。たとえば「×」は国が滅んだことを意味するとか。「衰退する」とか「繁栄する」を上下ムキのやじるしで表すとか。

はたして、そんな図示と、文章とどちらがわかりやすいのか。そのようなひとりひとりがおもいおもいに編み出した方法で図示してそれを提示することはムダではないのか?

言葉で表現することが一番簡潔かつ万能なのではないか?
212: Wed Jan 16 18:44:34 2013
言葉は便利で、単なる事実の羅列もできるし、二つの事実の因果関係を示すこともできるし、理由も示すこともできる。

言葉の一番の長所は、左から右あるいは上から下に順によい事である。図ではそうはいかない。あっちへいったりこっちへいったりするし、すべてを見尽くしたかどうかがおぼつかない。

図が役立つのは、ごく単純なことを、大勢の人に見てもらうとか、繰り返し伝える必要のある場合に限る。

道路標識などがそれである。

歴史のような複雑な現象を説明し表現するのにはむかない。

だから歴史書はすべて文字で書かれている。図を使うのは学生それもせいぜい高校生くらいまでである。
213: Wed Jan 16 18:59:02 2013
教科書の歴史記述法は「編年体」である。基本的に時系列に並べてある。立脚点は現在成立している国ごとに、どの国に偏ることもない立場である。ただし時々「紀伝体」のような書き方をすることがある。

「編年体」なので、ヨーロッパの歴史が語られたと思ったらぶつぎられて西アジアにいったりする。さっきの続きはどうなったのか・・・と気になったりする。

だから、受験勉強のときはヨーロッパだけ読むとか、中国だけ読むとかしている人が多いだろう。
214: Thu Jan 17 03:41:54 2013
世界史に飽きたので、気分転換にと物理1の教科書を開いた。やたらと絵や写真が大きい。写真にはCGが多く使われている。安っぽい・・・。チンプンカンプンかつ、つまらない。で、何?と言いたくなる。次に、政治経済の教科書を開く。なんだか聞き飽きたがやっぱりそれになんの意味があるのかと思うようなことばかり。そして倫理。こんなの必要か?日本史世界史でカバーするところじゃないか?と思う。
215: Thu Jan 17 03:42:14 2013
絵や写真が「多い」です。
216: Sat Jan 19 02:52:28 2013
世界史の教科書を読んでいて、自分が読んだことのある本の作者とか、好きな画家などが出てくるとハッとする。イエス、ペテロ、パウロ、モーセ、キェルケゴール、カント、ソクラテス、プラトン。「ガリア戦記」。マキァベリ。ジェームズ1世。ジェームズ1世はある映画で名前が出てきて同性愛者であるのとKing James Versionを編纂したので印象が強い。
217: Sat Jan 19 02:53:19 2013
「戦争と平和」はナポレオン、アレクサンドル1世、アウステルリッツの三帝会戦。
218: Sat Jan 19 02:58:29 2013
シュリーヴィジャヤ、シャイレンドラ、ボロブドゥールとかは響きが美しい。宝石のようだ。
219: Thu Jan 31 09:22:42 2013
「ツングース」と「チンギス」って、何か関係あるのか?ちょっと調べた限りでは関係あるという情報は見つからなかった。
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